不自由と自由

今日もお越しいただきありがとうござます。

家の中をお掃除してて、「なんだかたくさんやることあるな。英語の勉強全然できないや」
とふと思いました。

仕事のある日は「ああ、もっと勉強時間があったらもっと早くに目標に達することができるのに」
子供の用事で潰れる日は「ああ、この送り迎えがなかったら、もっと楽なのに」

でも、もし家族の洗い物や、洗濯物や、犬の世話、仕事もそれほどなくて、子供も勝手になんでもやってくれる。
そうしたら、どうなんだろうか?最初は楽しいだろうと思います。

でも自分の生活に家族のいない風景は考えられません。いろんな煩わしさがないのもやっぱりおかしい。家族がいるからこそがんばれる。それがない状態でも結局今と同じような気がします。

自由と不自由は実はセット。

不自由のない自由はない。

自由だと思っていたら、その自由にはいつのまにか違う不自由がくっついてきます。

忙しいから実は工夫が生まれる。勉強もそうやって隙間で習慣にしてきました。
コツコツ勉強しながらも、そこを受け入れるとちょっと心が楽になる。あまりにももがくのは無理があるから。他人と比べてしまうから。

やっていれば、歩みが遅かろうとどこかにたどり着くのにね。それが見えなくなる自分に気づいたりします。

それを受け入れることがホントの自由なんだろうなあと、掃除機をかけていて思いました。

掃除機で人生観考えるなって・・・。