2023年 寒中お見舞い申し上げます

今日もお越しいただきありがとうございます。寒中お見舞いで失礼します。お元気でいらっしゃいますか?

年内に完成したかった論文ですが、チェックしてもらった英語母語者の先生がコロナでダウン。でもなんとか見て送り返してくれました。渡した後に、規定の数字は超えていたんですが、いろいろあって、戻ってきた原稿に加筆して少し増やす作業と、読みなおしてミスがないか見て、なんとか昨日のうちにキリをつけました。論文っていろんな型とその型のルールがあるので、段落とか、引用とか、アポストロフィー、ピリオド、カンマ一つ一つとっても神経つかいました。加筆した部分の英語とか、でき悪いかもという不安もあるけど、もういいやとなりました(笑)

昨日は母の誕生日だったので、絶対に仕上げると心に誓っていました。今は脱力感はんぱないです。終わって夜中に夫と近所のお湯場に行って疲れをとってきました。

 

授業をほぼ終えて、論文を終えて、自分の英語力があがったかと聞かれると。

答えはNo.です(笑)

日本語で考えるというか、整理することはたくさんやったかなあ。でもですね、昨晩自分の論文の日本語の要約を書いて、うちの中で国語力いちばん高い子供に校正してもらったら、ボロボロになおされました(汗)「ママの日本語は英語の翻訳読んでるみたい」とまでいわれました(大汗)

要するに英語力も日本語力も全く自信のないままのアラカンです。

それでもできないなりに資料を集めて、読んで、整理して、引用して、自分の意見を述べていくという作業は、今の仕事にもすでに応用できてるので、体験してよかったと思います。

大学院は休学して復学した時に、専攻を変更しました。

イギリス文学専攻です。最近は携帯で読んでくださる方が増えてるので、見られる機会も減ってるとは思うのですが、PC版でみると右に出てくるブクログの本棚をみたら一目瞭然なんですー。19世紀のイギリス文学を結構読んでます。転向する前にとったアメリカ文学とイギリス文学の授業で文学をやりたいと思い、精神的に追いやられたのもあって、文学の先生の門をたたいて受け入れていただきました。ほんとにありがたかったです。でも一昔前のイギリス文学はガチで読むとほんとに英語ムズイです。苦しかったこともあったけど、勉強になりました。映画化されたものを見ると「ここは小説そのままの台詞だ」とか堪能できたものもありました。難しかったけど物語ラブな体質だから耐えられたと思います。読んでて「英検1級の熟語はここがネタか?」なんて思うこともよくありました。言い回しがあっさりしてないというか、濃いと言うか。でもあくまで個人の感想ですがね。

やり始めると、なんで最初から文学にしなかったのかと思いました。よく考えたら、文学作品は少なめでも、コンテンポラリーとかファンタジーとか中心だったけど、英語の洋書読みまくって、映画が好きな自分の方向は文学だったんだとやっていてしみじみ思いました。文学作品をかじってますます小説や映画を楽しめるようになったのも大きな財産となりました。文学という学問は流行りではないかもですが、やる前とやった後では本の読み方や映画の見方がかわったような気がします。深い。

副作用は、カジュアルすぎる話に魅力を感じなくなっているです。ロマンスが苦手になってきました(笑)あ、それは年のせいでもあるかもですねえ。あれだけ読んでた漫画も一切読まなくなってしまったし。

本来は英語の先生として指導力をつけたいと入った大学院でしたが、英語教授法などの思ったような授業を探すのは大変でした。たとえば言語学の授業はほんとに言葉の研究という感じだったので、自分の授業に活かすまでも行きませんでした。でもそれぞれの授業で出されるレポートや論文を書くことで、研究する修行をさせてもらったと思います。研究といっても、かじっただけだとも思ってますが、それでも大きな財産で、自分の授業に活かせて行けると思っています。

まわり道した旅路でしたが、自分のやってきた勉強が実は今の自分につながっていることを実感しています。

文学を勉強してほんとによかったと思います。やっぱり人生が豊かになった気分。

ずっとずっと応援してくれた母は、私が卒業するのを心待ちにしてました。本来は2年で終わる予定が1年で精神的にボロボロになって休学してから、復学して長期履修を利用して、始めてから4年かかったのはすでに書きましたよね。母が生きてるうちにやり切りたいと必死に頑張りました。4年も費やさなければ母が調子が悪くなった時に仕事と学業でにっちもさっちもいかない状況ではなかったかもとかはやっぱり思いますが、それがなければ姉の家に行くこともなくて、姉との時間がとれなかったかもなので、そういう運命だったのかなと姉と話しています。

人生ってそれの繰り返しなんでしょうね。思い通りに、想定通りにすむなんてそれこそフィクション。それを受け入れてすこしずつ大人になっていくのかなあと、この歳になってもまだ未熟だなあと思います。

英語でも未熟(汗)その気持ちは一生持っていくと思います。

だからこそ勉強を続けられるかもです。

我が家は喪中なので、今年は、というかいつも一緒だけどおうちで愛犬とまったりでが、膝にのせながらも、私は必死で論文してました。

実は亡くなった母は元日生まれです。でも届を出したのが2日なので、公式な日付は2日。姉に教えてもらったんですが、なくなった日はお釈迦様が悟りを開いた日でもあったそうです。調べたらジョン・レノンが凶弾に倒れた日でもありました。

で、ついでにうちのワンコも元日生まれ。

母の90歳の誕生日のはずだったので、入院前日にお肉屋さんまで姉に連れて行ってもらって送ってくれた飛騨牛を解凍してすき焼きをして味わいました。まず肉の素焼きをワンコにもおすそ分け、犬用のケーキも!毎年上げるので、どうも覚えているようで冷蔵庫から出した途端飛びついてきました。

これも毎年同じような写真ですねえ。チビですが10歳になりました。去年すでに10歳だと書いたような。自分の年齢もよく1歳サバ読んで多めに言ってしまう自分がいます。なんででしょう?今年は夫が小さいサイズの2個入りを買ってきたので、元日と2日に2食完食!普段では考えられない食べっぷりでした。

すき焼きのお肉は冷凍できたものを冷凍庫にいれて母の誕生日をまっていました。前日からゆっくり解凍して家族みんなで「ばあばありがとう!」といってカンパイしました。

盛り付けがへたですみません。

元日の朝は夫の実家に私がお雑煮だけ用意してあとはあちらで注文したおせちを食べました。元日の夜は子供がすきな肉中心のおせちを10月か11月にすでに注文してあったので食べました。上の一人用のおせちは母がこちらに来ても食べれるようにと注文してあったものです。

お肉のおせちは去年からのリピートですが、来年もリピート決定です。すぐなくなりました。

元旦は母は遠慮して親戚の家にいったりしていて、2日とか3日から家に来ていたので、ドアが開いて今にも入ってきそうな気分はいまだに抜けません。

そのさみしさも自分の心に内包して、

思いやりをもった一年を過ごしたいと思います。

激動の去年でした。

今年は変化と飛躍の年にしたいです。

よければまた一緒にがんばりましょうね!

読んでいただきありがとうございました。

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