もやもやリスニング

今日もお越しいただきありがとうございます。お元気ですか?優しい方がコメントを残してくださることにいつも感謝です。

ブログ書いていると英語をする時間が減ってしまい、英語の勉強時間とブログを書く時間とのせめぎあいな私です。でも、今更時間の積み上げをしてどうにかなるのか?なんて思ったりも。これで仕事と学業がはいってくるので、どうもうまくいってません。

この間、めずらしく和書のハウツー本を読みました。最近は和書も自分の勉強関連ばかりなんですが、図書館で参考文献を借りるときに一緒に借りてきた本です。

この本高いなあと思って、図書館で検索したらあったので予約したら1年近く待ちました。最近紙の本はなるべく増やさないように努力中。忙しくて貸出期間が終わりそうになってあわてて読みました。

本にはCDがついていて、確認したり学習できる感じもあるんですが、そこまで時間がとれず理論や実践の方法を読むにとどまったんですが、とってもためになりました。

本の副題にもある通り、普段生英語を何時間も聴いているんですが、とれそうでとれない英語にモヤモヤするときがまだまだあるので、そこをなんとかできないかと思った訳です。

12月に読んだものなんですが、記事にする時間がなかなかとれなくて、今になりました。本は次の貸出があって督促がきてすぐに返したので、スタプラで残した引用メモを流用させてもらいます。

「単語と文法、古くから英語学習者に忌み嫌われてきた二つの言葉ですが、これらをしっかり習得しなければ語学の上達はありえません」

英語聴いて知らない単語は耳がスキップしてたり、これは何だと思いますからね。取れる情報が限られてきます。ボキャビルできていればいるほど意味がとりやすいのは自明の理。

文法もわかってないと、仮定法で言った言葉に反応できないとかいろいろ出てきます。さっきもドラマ見てて、wouldを使っていたんですが、「私ならそうする」と仮定法で言ってるわけです。それを咀嚼して当たり前の状態にスタンバイしてはじめて、聴いてわかるものですよね。

「いずれはぶつかる壁を越えるためには、『聞く』を通した『受動の技術』の鍛錬が必要なのです。」

これ、私の理解が正しければ、ものすごく納得なんです。ここは一つ間違えるとhearingの世界と被るとおもうのですが、昔はlisteningをhearingと言ってた時代を思い出しました。今は、「聞こえてくる」のは「聴けてない」ととられたりもするんですが、10年以上前から多読、その後多聴を始めたのと、少し遅れてPodcast Newsを大量に聴くようになって、自分の中でちょっと違うような気もすると思うところでもあります。だいたいですが、Podcast newsが毎日2時間から2時間半ぐらいで、audiobookが2時間から4時間。ひどい時(笑)は5時間とかもあります。youtube,ドラマ、映画は基本字幕を付けないでいるのでこれも合わせると最低5時間ぐらいは聴いてる感じです。これが多いか少ないかはみなさんの主観によって違うので、なんとも。

わからない英語をシャワーできいてもわからないとも言えますが、完璧でなくてもある程度わかる英語をシャワーできくとどうなるのかとずっと思ってきました。これを読んで上の「受動の技術」というのをやっているのではないかなと。あ、まだまだ壁はありますが(笑)

これも本書に書かれていたと思うのですが、脳みそって聞いていないようで、耳にはいってくる音はきちんと音として脳みそに刻まれているそうです。それが出てくるかどうかの問題。赤ちゃんの場合はそれが大事で、ため込んでアウトプットつながる訳ですものね。大人はそこまでの能力はないとしても、Extensive readingやExtensive listeningがこれに近いのではないんじゃないでしょうか。まったく知らない言語、意味じゃなくて、聞いてわかる、もしくは中に知らない単語が少ない英文を聞いてると徐々にクリアーになる感じがある。効果が遅くても、それを育てているんじゃないかなあとやりながら思っています。知らない単語はそこだけなんというか、もじゃもじゃ聞こえるので、前後で類推したりしてぼんやり意味をとらえたり、その単語を聞こえてきた音からスペリングして調べたりするということやってきけばいいかなと。最近は綴りがわからなくてもネットが「この単語?」みたいな候補をあげてくれるのでよりヒットしやすいなと思います。

あとですね、なぜ聞き取れないのかというのに関してそうそうと思ったのが、

「日本人は強弱をとらえるのが苦手」

本でも取り上げていたんですが、昔のセンターテストでは強弱を聞くテストがありました。意味をとらえるにも強調したいところがあって、そこをとらえながら読まないといけないのと同じで、聞いていても、言いたいところは強かったり、あえてわかるだろうというところ、冠詞や前置詞は弱くなります。日本語ではこれあまり気にしないからか、話し方がフラットだといわれるのもその影響ですよね。抑揚が欠けることが多い。母音や子音、特に子音についても言及されていて、そのあたりも勉強になりました。そのへんももっとメモとっておけばよかったです。私はイギリス英語を聴くのが圧倒的に多いので、子音への意識が強いような気がします。あ、裏とってないけど、話すときも子音を意識してます。

「私たちが英会話礼賛に取り憑かれてきたのも、そこを誤解したせいでしょう。西洋のオーラル言語中心主義を担ってきたのは、そのまま書き言葉として運用するくらいの様式性をそなえた話言葉です」

なるほどですよね。英検の面接も何度も受けるうちにライティングに力をいれることによって2次力を蓄積しているとわかりました。受けてるときはじぶんのエッセイを何度も音読してそれを今度はなにもみずに再生するという練習で乗り切ってました。そのうち即興の練習も入れてとかもしてました。土台にきちんとしたものをおかずに「英会話」に走ると頭打ちになることも考えられます。

「とくに日本語で区別されないlとr、bとvといった音の聞き分けはきちんと学習する必要があるのですが、「野うさぎ」を追いかけることばかりに注意が向くと、もっと大事なことを見逃す危険があるように思います」

LとRに関しては、英語で話してて、しばらくすると「LとRが時々ごっちゃになるから日本人だと思った」と何度か言われたことがあります。でも話してるときに注目されているのは音のひとつひとつではないですよね。「英語がうまい」はそこで判断されてないと思います。英語っぽく聞こえる要素はほかにもたくさんあって、フラットじゃなく抑揚があってリズムがあって強弱があっての組み合わせだと感じています。

「私たちが『発音』と呼んで珍重しているのはもっぱら『訛り』です」

スピーチ(これもほぼイギリス英語ですが)を完全コピーを目指してやっていればある程度はそれに近くなるという方法をとっている自分ですが、母語の影響が出て当たり前ですよね。

ことばは訛りが面白い。日本語訛りもあって当然の私たちの英語、あんまり引け目感じなくていいと思っています。それよりも抑揚をつけたら聴きやすくなります。あとスピードをつけたり、ゆっくりしたり、強弱をつけたりともっとリズミカルにする。次に引用したものと重なりますが、聞くのも話すのも切れ目があれば理解しやすいですもんね。

「抑揚などの変化で切れ目が感じとれれば、情報の優先順位が明確になるのです」

むかし、とった講座でチャンクでとらえるということを徹底的に教えられたことがあるのですが、このチャンク、(語句の塊、それひとつで意味をなすもの)をひとつとしてとらえることができれば読むのも速くなる。多読はそれを養ってくれると思います。英語を聴くときにこれができているかできていないかで理解度が変わるわけですね。

「知らない単語が出てきたらスペリングを想像しながらメモし、その意味を辞書で確かめる」

これは上でも書いたばかりですが、家にいるときはやるようにしています。辞書じゃなくてネットでやってるけど。

次は語彙のお話。

「実際に英語を使いながら料理をすれば、そのうちいくつか(覚えたものが)が、まるで死者の中から蘇る聖人のように頭の中で復活し、みなさんをたすけてくれるはずです」

ゾンビ単語は多ければ多いほどポテンシャルがあがる。あ、勝手に命名してみました。脳みその中でうろうろしているイメージです。英検とか単語検定の1級の語彙をやったあと、英語を聴いているとぞろぞろ出てきて、「あ、でてきたぞ」となってました。それで記憶を増強できる。あと、話すとき、書くときまで行くと「使う」となるのでますます定着しますよね。

「だからといって、単語を覚えなくてもいいということはありません。いったん覚えたものを、実際の状況の中で使えば、それらは私たちの血となり肉となって定着していく。状況の中でおぼえることばかりにこだわるのは効率が悪いです。学習の最初の段階ではある程度の『詰込み』が有効です」

これはほんとにそう思います。いったん無理やり1回は覚える作業するとずいぶん楽だと思います。それと、覚えても覚えなおす。そうじゃないとあっという間に忘却の彼方で、ゾンビにもゴーストにもなりません。

試験を受け続けていた数年は、英検1級の「パス単」「過去問」をやり込んで、バリエーションでJapanTimesの1級問題集をやったり、最後の方は1級語彙のアプリ、mikanとかパス単をやりました。今は時間がとれると究極の英単語とパス単mikanをたまに開いてクイズしています。1年ほど前にお友達が「出た単1級」をされていたので、それもipadに入れてあるけど、結局携帯で気軽にできるものになってます。電車や車での待ち時間でささっとできる、アクションが短いものが残ります。

あと、多義語の場合はその都度英語→日本語で独立させて唱えて、そのうち頭の中で統合してくれるのを待ちました。これがいいかどうかはわかりませんが、音読してなんとなくおぼえていったので、それが一番楽でした。

いろいろな示唆があってとてもためになりました。この本も参考にして自分のリスニング訓練を練り直せたらと思います。もう一回読もうと思います。

試験勉強をしなくなった今、一体自分の脳みそはどうなっているのか、進化なのか退化なのかということは、皆同じように思うことではないかなと思って書いてみました。私はもう試験と仕事と自分の学業と趣味を同時並行する体力は持ち合わせていないので、試験をやめていますが、それによって違うことに力をいれることができるので、それはそれでいいと思っています。

で、本題にもどると、どうしたら自分が聞こえない英語が聞こえるようになるか、まだまだもやもやするところをどうやって訓練したらいいかについてさらに書いてみたいと思います。次の記事で自分が奮闘中のことをおさらいしてみますね。実は長くなったので切りました。

ほんとにブログって書くの時間いります。何度も読んで直しての繰り返し。こういうテーマは特にです。以前ほど時間が取れなくて、数日かけて書いています。長文ブログは中身が読まれてないことも多いみたいなんですが、役に立つことがあれば読まれるはず。文章をうまく書くことは自分の永遠のテーマです。日本語でも英語でも。

微々たるあゆみでも進んでいるはずです。

また一緒に頑張りましょうね。

読んでいただきありがとうございました。

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