May It Be

今日もお越しいただきありがとうございます。お元気ですか?

今日のBGMはこちら。

www.youtube.comいやね、絶賛採点中なので、これピッタリなんですよ。我が家ではこのところ英作文の採点を「地獄の採点」と呼んでいます。フロドと共に闇の中をオークの中を突き進む気分。

進学校の英作文はまったくもって入試対策となるので、死ぬほど和文英訳。実際の過去問です。しんどい部分がなにかというと、初見の英訳もの。よくある〇会とか〇〇ッ〇とかの通信教育で初見の英訳をしますよね。あんな感じです。で、あれは高校生だと1回で20枚ぐらいの添削ですかね?英作文が何問ぐらいあるのかなあ、志望校やレベルで変わるんだろうけど、まあ一人3題としてみたら60題。それを締め切りまでに添削する。添削の仕事は字もきれい書かないといけないので神経つかいますよね。マニュアルもかなり充実してますが、それだけで解決もできないのもあるから割に合わないとよく聞きます。私も少しやっていて思ったし、やっていた方がよく言ってました。

私の場合、初見問題分だけでも500文近くを採点します。それ以外に短答式や既出のものもあるんですが、答えがあんまり割れないのでそこは楽です。問題はそれを数日で終えないといけない。3日ぐらいしかない今回は家事をほったらかしにしてやらないと間に合いません。ごめんよ家族。とかいいながら気晴らしにこれ書いてます(笑)

添削とちがって、ひとつひとつに解説を加える必要はないのでその分早いですが、100人以上の各解答を吟味しないといけないので、とろい私にとってはかなりつらい作業です。

非常勤講師にこういう仕事がまわってくるのは信用されている証拠でもあるので、ありがたい反面、やっぱりしんどいなあとも思います。

日がな一日英語で文学作品にどっぷりつかったり、ベストセラー読んだり聴いたり、映画やドラマや好きなジャンルのyoutube見たりしてれば満足になりつつ今、(映画とドラマを見る時間が確保できないこの頃ですが(涙))「間違えてはだめ」「知らないとだめ」な世界に身を置くのはとってもつらいなあと思います。なのでテストで自分を鼓舞する世界とも縁遠くなっています。おかげでブログの読者もずいぶん減りました。わはは。また受けないといけない時期もあるような気もするけど、それまではできるだけ避けたい。

「ああ、しらなかったそうなんだ」と間違えながらも理解していくのが性にもともとあってますしね。この間もジェーン・オースティンを読んでて、どうしても構造がとれないところがあったんですが、「そうかasが関係詞な訳なんだ」とわかったらすっきりする。でもそれがすぐにわからなかったからといって、それが悪ととられてないです。それよりも、その内容に対しての分析ができることが大事な世界。

そんな私が進学校で英作文を指導するのはとっても荷が重いなとよく思うのですが、冠詞にはじまり、自動詞、他動詞の違い、どの前置詞を置くか、thatや不定詞があとに続くのか、動名詞は置けるのか、単数複数や可算、不可算、時制、コロケーションをいちいちチェックしながら「これは言える」「これは言えない」を判断する作業が続きます。なんでだめなのか説明できないことも多くてほんとに苦しいです。経験のある方はわかっていただけると思うのですが、文法が最初から崩壊してくれてたらかえって楽なんですが、果敢にがんばって書いてくるからこその苦しさがあります。辞書とネット情報、参考書、コーパスとにらみっこしながらの作業が続くのですが、

自分の英語力がついているのか、ついていないのか、

はたしてもともとあるのかという鬱スパイラルに突入するのです。

これはいくら問題集を解いて参考書を何冊も読んでもつきまとう感覚です。英語母語者じゃないから。「なんか気持ち悪い」を減らして、理詰めでいけるところはいかないといけなかったりしますよね。

どうも明示的なことが苦手な訳です。難関校で最難関を目指す大学受験を指導する先生はをここを特化しているので、ここが得意とも言えます。自分はがんばって強化はしてきたものの、常に辛く思います。冠詞ひとつに萌えられない自分。いくら英語の試験を受けたり、受け続けても、大学院で学んでいてもつかない自信。

欠落した感覚を持ちながらいままでもきたし、これからもこの手のことに自信満々にほかの先生みたいに、語ることもないかなあとわかってきました。まあ、こういう機会を与えられるからこそ勉強できてるのかもと思うようにしています。でも得た知識から他人の英語のいろんなことをできてないとかジャッジする人間にはなりたくないなと、よく思いもします。

よく学校の先生に対して「資格試験を受けてない」「文法や語法に終始している」「英語話せない」と言われます。

それとか、「予備校の先生みたいに詳しくない」「英語力ない」とかも。

学校の専任の先生にそんな時間があるなら、その学校はよほどのホワイトか学校で教えている内容が基本的なことなんじゃないか、クラブの顧問してないとか、学校の仕事してないかもなという場合だってありえます。中には寸暇をおしんで自分の時間を英語の勉強に捧げてる先生もいますが、学校の先生の教科を教えることは仕事の10分の1ぐらいです。それに先生も人間で中には家庭や家族もある人も多いわけですからね。

学校の英語の先生は風当たりがきついなあと思いながら、英語の資格を取りながら、話せる先生として、文構造をしっかり説明できるように、文法をしっかり解説できるように努力しつづけてきました。

その一方で自分の中の矛盾を解決しようと、英語で学ぶようになった自分。

今思うに至っていることはやっぱり「継続できる」ことが大事じゃないかと。

それには苦しい中にも楽しさや達成感がないと無理です。

私が英語を学校で教えるのは多分あと数年だと思いますが、

そのあとも私と英語付き合いは続いて行きます。多分。

いろいろな選択肢から選んで英語をやっている今、過去も見ずに未来も見ずに

今を見つめることを大事にしていこうかなと思っています。

過去はおわったことで、未来はMay it beの世界ですからね。

未来は今の自分が作るわけです。

さて、仕事に戻ります(涙)あとひとふんばりです。頑張ります。

また一緒にがんばりましょうね。

読んでいただきありがとうございました。

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