質と量

今日もお越しいただきありがとうございます。お元気ですか?

あと2か月ほど頑張れば、少しペースダウンできるはずだと信じて頑張るこの頃なんですが、いつものことですが、体は全然ついて行ってません(笑)週末は課題や仕事をやりつつも寝たおしています。ここで無理して勉強時間を増やそうとするのは体がやばそうなので、寝れるときは寝ることに。

この間ここに肩こりと頭痛がひどいと書いたら、お友達がアロマオイル教えてくださって、なかなかのお値段だったので、一番小さいのを思い切って買ったんですが、眉間や首の付け根に毎日つけています。いい感じです!ほんとありがとうございます。

こうやってなんだかんだとブログは細ーく長ーくつづいていますね。それもこれも読みに来てくださる方がいるからだと思います。ありがとうございます。

最初の一年以外は、Social Mediaとしての欠点としてこのごろ浮かび上がっている要素を当初から排除し、そこから自分なりに工夫しながらやってたわけですが、正解だったんじゃないかなと思うこのごろです。いろいろあったけど、やっぱり自分のペースが大事ですからね。

Social Mediaは諸刃の刃、ストレス解消にとやり始めたものがストレスのもとになるなんてのはざらです。じぶんの生活を充実させたくてやってるはずが、人に見られる自分を演出しているなんてことになってないかを常に頭の片隅におきながら、本当に大事なこと、自分が真に充実している状態を保つこと、そして発信したことが、自分が知らないところでもいい、どこかでだれかの小さな助力になっていればいいと思うことなんじゃないかなと思います。

今日は勉強の質と量について書き連ねてみようかなと思います。

私はもうずいぶん前から英語を「聴く」ことが増えています。座って読む時間を確保しにくいのが原因なんですが、読むのと聴くのとでは密度が違うので、例えば、勉強している教材は範囲のところを何度も聴いて、最後に目で精読して(このときに単語も調べます)まとめていきます。そこからまた実際に発表の前に音声で何度も聴いて再び直前に目で読むこというのがこのごろのスタイルです。今は昔の文学なので、咀嚼して理解するまで時間が必要です。時間だと断然「聴く」ほうが長い。扱っている教材はこのところは1章につき10回まではいかなくても、それに近い数字です。以前にとったまったくの門外漢だったアメリポストモダンの授業で培ったやり方です。

時間にしたらすごい時間かけてます。量が多い、でも質は?質もそんなに悪くないのではないかと自分では思ってやっています。引用した以外のところも内容をよく把握してるので、けっこう意見が出てきやすいし。

でもその何時間、何十時間の大半は、なにかをしながら聴いています。というか、なにかをしながらじゃないとかえって集中できません。話に入り込むのに特にいいなと思っているのはお料理している時です。マルチタスクはかえって効率が悪いと言われますが、なにもせずに空中を眺めながらaudiobookは聴けないんですよね。歩くとか体が動いていないと無理です。

これを「質がない」「ながら」で片づけてしまうのも、自分の中ではなんだかもったいない。聴きながら「あ、ここの部分を今回引用して、こういう分析を書こう」と急に思いついて、止めてメモしたりしてレポートを書いたりすることが多いからです。

もちろん雑用をしながら気がそがれることもあります。短いニュースを集めたPodcast なんかは特に「え?なんだったけ?」となる度合いが多いと2回聴いて1回分とかにすることもあります。職場で聴くときは特にそうしています。

Podcastニュースにこだわっているのは、完結するし、繰り返し聴いたりもしやすいので、いわゆる「聞き流し」になりにくいからです。意識の向け方一つでそれもある程度が防ぐことができると思います。あ、実は今聴いてるPodcastも書いてたんですが、あまりにも長くなってしまったので次回分にしました。

大事なことは、自分がきいて理解できてるという点。これが難しいですよね。そのあいまいなラインを超えることもないと成長もないですしね。試行錯誤を繰り返して自分のラインを探るしかない。

でも、たとえ聞き流しでも聞かないよりずいぶんな進歩だと思っています。子育てで大変なお母さんは子供を寝かしつけながら、半分寝ながら英語を聴いてるかもしれないし、病気を持ちながらもなんとか英語だけでも聞いている人だってるかもしれない。夜中にやっと時間がとれて英語を勉強している人もいるかもしれない。朝しかできない人だっている。それでもやらないよりはいいといつも思います。

人より時間がかかっても大丈夫。私もそうやってやってきたし、今でもそうです。

量に関してもよく書くように、「密度はなくてもルーティーンに乗せて英語を聴く、シャドウイングする」などの作業をだいたい決まった時間にこなしていきます。机に向かえない分、なにかをやりながらでも、食べながらでもできるときにするというスタンスを取るしかない。止まってできてないときは手があいてないか、寝てるかのどちらかです。

効率が悪くてもこうやってなんとか時間を確保してやってきて、今にいたります。

勉強記録はよく、所在のわからない「世間」に遠慮して「これながらだとおもわれてるから短めにつけよう」と思ってしまうのは私も同じです。迷いがよく来ます。

去年、教員免許の更新講習を受講したんですが、その時は英語関連の講座以外の教育関係の講座はすべて0時間で記録していました。そしたら、去年の8月だけ50時間以上時間が短くなるということがありました。

そのあと大学の通信講座を始めたり、大学院関係も英語だけとは限らなくなってきて日本語の論文だって読むことある。結局、その線引きは不可能で、そこに細かいルールを設けてそれに縛られるのは本末転倒だと思いました。

結局自分が英語を教えるために取ろうと思っている資格のためのものたちなので、去年の秋からは勉強時間に入れることにしました。

それで持続可能になっていくことが大事かなと思いました。

過去は振り返らないけど、自分の記録が自分を励ましてくれる。去年の自分、先月の自分、先週の自分、昨日の自分。

そして一番大事なのが今の自分。今やっている状態を過去が支えて突き動かしてくれる。

質であろうと量であろうと、どちらでもいい。精神論とか言われても、その精神がなければ続かない。

やり続ける自分がいることが大切なのです。そのためのツールと思っています。やり方はいろいろあっていい。

ブログもその一つ。

書いて誰かの目に触れて、その人から励まされることも多いです。今読んでくださってるあなたかもしれない。

一緒に頑張ってくれる人がいるからできます。

また一緒にがんばりましょうね。

今日も読んでいただきありがとうございました。

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