学び

今日もお越しいただきありがとうございます。お元気ですか?週末です。

このところ、「週に2本ぐらいは英語論文を読む」というのがやっぱり困難になってるこの頃です。日本語を合わせて2本目標にして今年中に両方二桁、に乗るようにしたいと思っています。

勉強しているときは、付箋をすごく使います。そこを読み返したり、引用に使ったりします。自分の本にはマーカーを使ったり、調べた単語を書き込んだりもします。単語をまたほかに写して覚えるために使うということまではできませんねえ。→ずぼら。その都度の出会いで「ああ、そうだった」「これは初めて」という感じ。

この間、自分ご褒美にこんなの買いました。

ちょっと前に聴いた時間管理のaudiobookでモレスキンを携帯して思いついたらメモというのを実行しようと、奮発しました。モレスキン製のGoogleのロゴのラージ版はお土産にもらってあるんですが、持ち歩くのにちと不便。こちらはとっても小さいです。カードとかも使ったりしたけど、結局どこかに行ってしまうので、ノートの方がいいかも。

このあいだこんなことがありました。

授業の中には、たまに学部生がいらっしゃるクラスもあります。ある学生さんが授業のなかで、「院生の人と自分の理解で同じところがあると、あ、合ってるんだよかったと思う」と言いました。私もある授業で博士課程の人の着眼点や論理のすばらしさに引け目を感じることもあるので、すごく気持ちがわかります。自分が逆の立場になってたわけですが、自分はそんなに偉くないぞと思っていたら、先生が

「あってるとか、理解度とかは個人差ががあって当たり前です。そして、学部生と院生という違いでもなくて、個人の着眼点が大事。そこに優劣は関係ないですよ。自信持ってくださいね」と先生がおっしゃいました。

大きくうなずきながら、ちょっと感動して涙が出そうになりました。

授業は準備が何時間もかかって大変だけど、

この授業をとってよかったと思いました。

何歳になっても学びはあると思います。逆に学ぶことを忘れてはいけないのではないかとも思います。

学び続けることでまず謙虚になれます。自分が知らないことが世の中にはたくさんある。

でも、知ってるから偉いというのでもない。

知ってるからということで完結して、偉そうにするのではなくて、学び続けて偉そうにしないことを身に着けることが大事じゃないかなと思います。それを親子ほど年齢の違う学生さんと年齢が近い先生に学ばせてもらいました。

でも世の中はそんな人の方が少数なのが現実ですね。みんな権威を振りかざしたり、怒ったりして、大事なことを見失ってしまう。

それから、自分ができるから、自分がこうしてるからほかの人もそうしないといけない、なんであの人は、というのも一つ間違えると危険です。その匙加減を間違えてはいけない。自分がそれをされたらいやなのに、逆に自分がそれをしていることは忘れがちです。「こうあるべき」は「圧」の始まりですしね。

なので「圧力」がやってきても、勉強してそのストレスを撃退するのみです。勉強してプラスはあるけど、マイナスはない。エネルギーを人ではなく、自分が向上することに使う。

そうすることによって同じように頑張っている人がすぐそばにいることに気が付きます。そして頑張っている姿を見てくれていた人がいたりします。

学びがもたらしてくれることは実は点数ではなくて、点数はその表層にあるだけで、もっと違うもの。

私も生徒に、周りの人に、自分が授業中の先生の言葉に感動した気持ちを持ってもらえるように、日々修行するのみです。

まだまだ道半ばですねえ。やっぱ自分に甘いしなあ(笑)

一人でもこのブログを読んでちょっとでも心が軽くなってもらえるといいなと思いながら書いています。

また一緒に頑張りましょうね。

読んでいただきありがとうございました。

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