1万時間

今日もお越しいただきありがとうございます。お元気ですか?

学業は引き続きオンラインですが、仕事はまだ現場で生徒と直接授業を行っています。それってどうなの?と思わないでもないですが、片方が遠隔になっただけでも通学やらの時間が短縮できて体が楽かもと思っています。最近は肩こりと頭痛が結構頻繁におこるので、暇さえあれば自分で自分を揉む日々です(笑)

移動時間はほとんど英語を聴く時間となっているので、勉強時間はどうなんだろう。まあ、机に向かえる時間が増える分少し濃度の濃さがでるといいように考えたいと思います。

今日はちょっと記念に書いてます。これ、

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このアカウントで1万時間を超えました。3年?4年ぐらい?よく覚えていませんが、そんなもんだと思います。

ちなみに去年の12月からの月別はこんな感じです。

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4月から徐々に増えていますが、ベスト記録ではないです。おととしは一時は月に300時間近くの時もあったと思います。仕事が少なかったのでできました。

私の1万時間は英語の資格などの試験勉強をコアにやってらっしゃる方々ほど濃くないのでたいしたことないとは自覚しています。

1万時間たっても、計り始めたときとあまり感覚が変わってない。まあ、そんなんじゃあだめだと言われそうですが、そういうタチなんだと思います。

いまだに毎日「この単語なんだっけ?」「この英文どこが間違ってるかなあ」「ここの構文とりにくいなあ」「うまく日本語にできないぞ」な感じで日々を過ごしています。

今は特に現代英語じゃないものもあるので(汗)ので、四苦八苦しています。日本語訳があっても訳が素晴らしすぎて、自分で英文をもう一度訳そうと思ってもできないみたいな英文と格闘してます。なので、一度わからない単語や表現を調べながら、訳も読みながらわかったと思ってても、また読みなおすと「?」となったりします。

論文とかも、日本人の英語は読みやすかったりするけど、英語母語者の論文はやっぱり難しいなと思いながら読んでいます。日本語の論文も私にとって難しいけど(笑)

英語で読めるのが当たり前という前提でことが進む。そこを埋めようと必死になることで英語が伸びるわけですよね。やっていて思うのですが、そこに優劣はあんまり感じてません。そんな環境に自分が身を置けることはとても嬉しいです。

英語を通していろんなことを学ぶ。

1万時間たってもまたその先でも、なんか同じように英語してるんじゃないかなあと思います。あんまり時間は関係ない、標識のような感覚です。ああ、ここまで歩いてきたんだとちょっと嬉しい一瞬です。この感覚は多読の語数や冊数と似てますね。自分を励ますツール。

それを考えると、試験も悪くないなとは思います。動機という意味では強いですよね。そこまで力を引き上げて、自分のやりたいことを手に入れるためのツール。ただ、そこでヒエラルキーが発生するのが独特なだけ。今は試験とか関係なく、とてつもなく英語や英語を通しての知識と教養の高さがある人とも接することで、「点数とれない」「私って英語力ないのかな」等の気持ちとも遠ざかっていて、ちょっとは健康的かなと思っています。ただ英語を聴いて、読んで、淡々とやり、楽しむ日々。

試験とかまた受けないといけない日が来るかもしれないけど、その時までそういうのはやっぱりやらないでおこうと思います。仕事とか学業で必要じゃない限りできるだけ受けたくないというのが本音ですー。というか今は全く物理的にも無理ですが。

5000時間、1万時間と、歩くうちにやさしさが生まれる感覚をもって。人にもらえるやさしさと、自分が渡せるやさしさを感じながら。

次の1万時間をまた地味に「てくてく」やっていこうと思います。

読んでいただきありがとうございました。

また一緒に頑張りましょうね!

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