「英語独習法」を読んでみました

今日もお越しいただきありがとうございます。お元気ですか?

年度末はもともと忙しくなるんですが、今年は受験もあるし、年々体がついていっていないのもあってなんでも時間がかかります。このブログ記事も出来上がるまで何日もかかりました。

おばはんなので、仕事に対してもストレスが溜まりやすくなってます。仕事をもってかえってすることも増えました。今回は手作業が多い仕事がふえてて、そういう単純作業は案外きらいでない自分を発見しました。英語聴きながらできるし。

それプラス自分の通信教育のレポートやら、試験やらで七転八倒してました。喉元過ぎれば忘れちゃいますね。こういうことはよくあるんですが、どうやって乗り切ったか覚えていない。仕事のある日も、休みも結局家事と仕事と勉強に追われてます。もうそれが日常だったりする。

ご存じの通り、私は隙間やながらでいろんなことをやってます。これがいいかどうかは別として、塵も積もれば、「塵積作戦」と呼んでもう何年もこのスタイルです。そうじゃないと時間が捻出できないからであって、純粋に1つのことだけできれば言うことないとも思っています。

今日はその隙間で読んだ本の1冊をご紹介しときますね。 

英語独習法 (岩波新書 新赤版 1860)

英語独習法 (岩波新書 新赤版 1860)

 

 私は多読、多聴をする傍ら、英語の文献(日本語もありですが)を読んでレポートを書いたりも去年からするようになったし、中高生に英語を教えているので、精読とか英作文とかも関わっているのもあって、両方の立場で英語を勉強していると自分では思っています。

いろんな方法がありますが、自分なりに至ったのは、「両方大事」ということです。「やさたく」も「分析」も両方やるし、生徒にもやってもらっています。

自分自身は英語を楽しみたいという気持ちも強いので、小説を英語で読んで、映画を字幕なしで観て楽しめたらそれでいい自分がいるのも事実です。きれいな日本語に出来なくても、意味がわかって感動で泣いてる状態があればいいとつい思っちゃいます。

まあ、でも「なんとなく度」を少しでも減らしたいので、そこを突き詰めている最中だとおもうのですが、そこで、ちらちらと頭をかすめるものがありました。

多読の本で一般的なものや学術的なものもけっこう読んで、その1冊に「映像モノは日本語も英語も字幕をつけずに多読、多聴と同じ様にききながせばいい」と書いてあるのを読みました。そこからは英語字幕もなしで見ています、でも、ものすごくささいなシーンとかで英語がとれないことがある。見続ければわかるようになるのか?そのメカニズムは?と探したけど、私が調べた限りではその根拠や答えを見つけることができませんでした。

そこをどう突き抜けるかをずっと探していました。もやもやしたら、止めて、そこだけ日本語字幕にして確認したり、字幕を使わずひたすら同じ部分を戻してわかるまで聞いてみたり。

日本語字幕をつけて、そのあと英語を聴くと英語がするっそこだけと入ってくるので、あたりはつけていたものの、それはなぜなのかずっと考えていました。

で、多読多聴の書物などでは見つからなかったので、真逆の立場だと思われるこの本を手に取ってみました。

なるほどでした。

先ほど書いたように、日本語訳を見た後英語をきくと、英語がくっきりと聞こえるのは、認知の力が働いているからのようです。説明にもあったように、わかりにくかったのは、最後のジョークや捨て台詞や、ストーリーを追うのにはあまり関係のない枝葉末節だったりしたのは理由がありました。

これは、自分が予測したことと違うことを言っているので、(流れに沿ってなかったり、知らない表現だったり)ということで起こっていたみたいです。

今までは、日本語字幕を使うのは英語学習には、中級以上になると使わずにがんばるみたいな理解だったのですが、

これを改めました。日本語の認知力を利用して、英語を増やしていこうと思いました。まずは聴くだけで耐えてみて、わかれば次へ、わからなければ日本語字幕を使うことにしました。

ここでいったん整理すると、

字幕なし→わからないところはそこだけ繰り返してみる。わかればそのまま。

→日本語字幕→字幕なし。

そして自分の取った英語が正しいかどうかを確認する意味で英語字幕。

あと、私はいったん見たドラマなどのリスニングもやっているので、それもこの流れでやりはじめました。できるときはですがね。聞いていて、とりにくいものは止めてやるようにしています。あ、英語字幕もなにもかもないのも見たりもするので、それはそれで楽しんでいます。

それとか、「これ、どういう日本語に訳してるんだろう」と思うものも日本語を利用することが増えています。うまい訳が多いですが、すごい意訳だったり、本来の意図がこれで通じるのかなあと思うものもあるにはあります。苦しみぬいてこの訳におちついたんだろうなあと思うものも。たまにどうしても腑に落ちなかったら、英語母語者に聞いたりもするんですが、なんでその日本語になるのかわからなかったこともありました。ほんとに難しい。まあよほどでないとそんなことしませんが。

自分ではできないなあとよく思います。日本語の力のほうが強力に必要ですよねえ。翻訳をされていたり、映像翻訳を勉強されているお友達を尊敬します。憧れましたが、年齢的にもやっぱり無理なので、若い方々に夢を託したいです。なので、英語直解に力を注いでいる状態な訳です。

さて、お次は著者の先生が一番力をいれているというか、専門じゃないかと思う日本語→英語の回路、英作文についてです。

私が知りたかったのは前述のリスニングと、英作文を教えていて、自分でも書いていて、和文英訳から英語らしい表現にどう転換するのか、またその養成の仕方はという2点でした。

認知言語学からの観点なので、日本語の認知能力に絡めて書かれていて納得もできました。

生徒に英作文させると、どうしても日本語をそのまま英語に替えただけのような文になるのですが、それをどうしたら直せるか。

自分が英作をやってみて、エッセイを書いたり、レポートを書いたりすることを体感しながらやってきて、「英借文」で頭に例文をしみ込ませて、自分が使うときにその中の塊でコロケーションを使って文にしていく方法でやってきました。それでずいぶん、受験ぐらいまではまあまあ行けそうな感じもある。さらに、英語母語者が書いた本で「日本人の間違える表現」みたいなのをこれまた何冊が読んで、その英文を理解し、咀嚼して、生徒の間違いを発見できるようにと日々努力中です。

著者の今井先生は英語母語者が「日本人がよく間違える表現を挙げて、ネイティブのいいかたはこうなんだよ」という本をやるだけでは足りないと書かれていました。私はまさにそれをしていたところで、その例文を音読しようとしてました。わはは。それはそれで効果も実感してますが、それだけでは足りないなあと思っていたので、結構目から鱗でした。自分ができるようになっても、それを教えるだけでは生徒になかなか定着しないのは生徒が会得してないということ。このブログも含めて、発した情報を聞き手、読み手の欲しい部分だけとか、書いた側の意図と違うようにとっていたりだとかというのが当たり前なわけですからね。

そこを突いてくる内容でした。もともと自らが深い部分で理解しないと母語の干渉から離れることはできない。なるほどです。

間違えて、気が付いて、調べて、理解して、使って、といろんなことを経て初めてモノになる。それには回り道してじっくり学習することが必要なんだと私は理解しました。

普段から「これは英語でどういうんだろう?」と思ったら、まず調べる。

私は英語を教えているので、自分がその場でいろんなことを説明できないといけない場合が多いので、そういう意味では定着度が高い部分もあると思います。あ、まだまだと思ってますが。最近は生徒が疑問に思ったことを聞かれてコロケーションなどを確認するために、その場で一緒にネットを使って、大画面で見せながらコーパスや辞書で色々調べたりもします。自分があやふやに答えることはしないようにしています。もってかえって時間をかけて調べたりもします。

でも、一緒にやると、かえってその調べ方なんかも参考になるようです。それを家に帰って生徒自らやることが力になっていくんだよと伝えています。

著者のおっしゃる「スキーマ」を自分も育てて、生徒それぞれのスキーマをそれぞれに培ってもらう。

英作文の指導は本当に教える側の力が必要だと感じています。それが大学受験レベルでも。というか、大学受験の和文英訳は大学によってはけっこうすごかったりもします。担当すると、つねに文法を頭に入れて、語法を思い出す作業を怠らないようにしています。私の頭はざるなのでよけいです(笑)もう資格試験をうける気力はのこってないですが、こうやって勉強させてもらってるんだなあとよく思います。

 多読、多聴も自分の理解できるものをたくさん読むことをさらに強化し、そのうえで、この本のことを実践していけば世間(っていったい何の世間かは不明ですが(笑))で言われる「本物の英語力」に近づけるのではないかと思わせてくれる1冊でした。かなり濃くて、ちょっと専門的だと思いました

さすがに4000文字を超える記事は読むほうも大変だと思うので、この辺にしときます。

もうすぐ春休みなので、また勉強をさらに強化できたらと思っています。その一石となる貴重な本でした。。

ここまでお付き合いいただきありがとうございました。

ご参考になれば幸いです。

読んでいただきありがとうございました。また一緒に頑張りましょうね!

個別にはお返事できない非公開としてコメント欄をつけさせていただいています。いただいたコメントはいつも感謝と共に大事に読ませていただいています。ご了承ください。