読了 英文解体新書

今日もお越しいただきありがとうございます。お元気ですか?

即位の礼ご覧になりました?うちは子供がアニメの影響で宝剣が好きになってから、古いしきたりとか、古い日本の儀式とかに関心をもつようになって、一緒に見ました。式に運ばれた宝剣は雨を呼ぶらしく、式直後に建物の上に虹がでてきたなど、いろいろ縁起がよいそうです。と子供が言っておりました。いい令和になるといいですね。庶民な私はひたすら、「こんなにたくさん着物まとって、重くって倒れるで」というようなことばかり心配しておりました。

お休みを利用して、ハーバード式野菜スープストックを作り置きしていたんですが、ちょっと子供にも効いてきたようで、腸を活性化させないとだめだよねと話をしていました。私はすでに先月ぐらいから何日かはおなかにカイロを貼り、車の座席のヒーターもLowスイッチをいれてあたためるようになりました。ほんと冷やしたらだめです。

これ終わりました。最後はかなり長文。確か8月の終わりからなので、1か月半ほどかかりました。ご飯のお供に塵も積もれば作戦で取り組みました。

英文解体新書: 構造と論理を読み解く英文解釈英文解体新書: 構造と論理を読み解く英文解釈
 

伊藤和夫の流れを組むと銘打って、本屋さんに積み上げられていると聞きました。私はもともとの英語力がない状態で英語教師になった身、駿台で「英文解釈教室」を読んでいる(習った?)友人に読めといわれて、挫折した覚えもあります(笑)英検1級受かってからも、ほかのかたがたが「これやらないと」「これがバイブル」みたいなことをよく耳にするので、改訂版を買って読みかけては挫折(笑)それならと、大人のやり直し英語の立場で、いままでかたっぱしから「英文解釈」と名の付くものをやってきました。

洋書は読んだり、聴いたりを500冊超えることができても、いまだに「英文解釈教室」を最後までやったことがないです(汗)

伊藤和夫先生育ちじゃないですが、この本を始めたのは、その流れを組んで読むというよりも、扱っている文章のなかのいくつかは自分が読んだり、見たりしたことがあるのと、新旧交えて英文が網羅されているところがいいなと思ったのと、いつもいろいろ教えてくださるお友達と一緒にやろうと思ったのと、まだある(笑)今自分が取り組むべき英文がかなり難しいなと感じているので、てこ入れでやりはじめました。あ、これ読む暇があったら、本来の英文読めと教授に怒られそうですが(汗)

伊藤和夫ファンでなくても手にとっていいものであることは事実ですが、これが難しければ、無理する必要はないとも思いました。表紙にあるように、大学受験レベルを超える英文もたくさんあります。

これをやらないとと思うと、「英文解釈教室をやらないと英語がわかったことにならない」という昔からある罠に陥ってしまいます。そんな残念なことにならないように、難しければ、もうすこしかみ砕いた、基本的な部分から、難易度の高くない英文から積み上げていけばいいだけです。英語の先生の立場で言うと、私なら生徒には最初からこれを勧めることはしません。英文法や文型の理解が完成していないと逆効果ですしね。

これで「英文解釈愛」がめばえるかどうかは人それぞれですが、いままでもけっこう読んできて、こういうたぐいの本はどうも「わかったつもり」で読んでるけど、はたしてほんとに理解しているのか、英文によっては、前から読んで処理するという思考回路で理解も可能なグレーゾーンがあるので、線引きが難しいなあと思いました。

その力は個人差がある。英語母語者やそれに近いバイリンガルの人とかは前から読んで処理しているわけですしね。

私は普段耳でニュースを聴いて小説を聴くこと大量にやっているのでよけいそう思ってしまうのかも。

例えば、先月の数字を拾ってみると、podcastが59時間、audibleが113時間、ドラマリスニング(映像を見ずに何度も繰り返しドラマを聴くこと)が約18時間、映像をみたものは15時間、授業で英語聴くのも合わせると、ひと月で英語を聴く時間は200時間を超えているので、(音読は入れてないです)一日に平均すると、だいたいですが、6,7時間は英語を聴いている状態です。もちろん全部完璧に聴けてないかもしれませんが、理解度はそれほど低くないとも思います。日本語が介在しない状態でわからないといけないということをやっているので、読むときに、バイリンガルの人ほどとは申しませんが、前から処理していることもやっていると自分では思っています。

でも、北村先生の力説されていることもわかります。両方必要だと思ってるというのが自分の立場です。

文学作品は多読で鍛えられているので、あまり意識せずに夢中で読んでいることが多いのですが、課題なんかで論文を読まされたりすると、やっぱり構造の複雑なもの、関係代名詞や、分詞、コンマでずっとつながっている(笑)一文の長いものを読むときは、臨機応変に切り替えて読んだり、日本語にしている状態。そういうのは、1回では咀嚼しきれていない=自分のレベルの上の文だということだと思います。

この「わかったつもり」の部分をすっきりさせることが英文を読む力を培ってくれるじゃないかと自分でやっていて思います。

試験を受けて「長文が」と思ったり、日本人がTIMEなんかを読んでるときに陥る「??」はそんな感じじゃないんですかね。わかったような、わかってないようなというあの感じ。語彙、文化背景などの難易度もあるけど、倒置や挿入のあらしだったりするような。あ、今は読んでないので偉そうにいえませんが。世の中には「わかっている」感じの人多そうですがねえ。自分が挑戦したときは、文によっては「わかったつもり?ん?」みたいなものも多かったです。自分の英語力を水増しして偉そうにいうつもりもないですー。英検1級に何回受かっても、この感覚があまり薄まることはなかったなあ(笑)試験は「設問と本文の一致とずれを見抜く力」も必要ですしね。

テストは別腹だと思う感覚が育ってしまって、英語力ないんじゃないの?とレッテル貼られても平気になってしまった(笑)自分でも「英語力あるんか?あんた」と思いながら、英語を続けているのは全然変わりません。

なので、英文を読む力というのは、1級持ってる人でもあやしいのが実情でっせ。このあいだ映画の字幕の話になって、英語母語者や教授に「こうこうこうで」と話をすると、「間違い多いからね」と即座にかえってきました。そんなもんです。あ、だからだめだとか言ってるのではないです。自分もよく間違えるし。うまい日本語になかなかできない。

1級持ってても、小説読み切れる人全員じゃないのと同じ。それぞれに得意、苦手がある。興味もありますしね。よく思うのは、1級は語彙が必要なので、1級を超えると洋書が読める可能性が出てくるという印象です。

私がこのところ苦戦しているのは、前述のとおり、訳さないといけない英文がたいてい5行以上の長きにわたって、「これ、永遠に1文?」みたいな文章です。単語の日本語チョイスも文脈に合わせないといけないのですが、これかなあと日本語を当てても、「この単語の語源を考えたらこれはおかしい」と厳しく指導されます(涙)くうう。

どちらにしろ、構造理解と直解の両輪で理解度を深めるのは悪いことでもないと思っています。英語母語者は直解である程度ひと塊で読んでるわけですよね?そっちの輪を広げていく作業の一環みたいにとらえればいいような。昔風の自転車ですねえ。

今の私はやらざるを得ないのですが、「もういいから、100%じゃないにしても、だらっと映画が字幕なしで楽しめたら、小説に感動して涙していたいだけなのよ」というもう一人の自分とのせめぎあいですが。それぞれでいいと思ってもいます。

両極端の立場から物申すみたいな状態は非英語圏で起こっているのかなあとふと思いました。英検1級で偉そうに言えないのは私が証明してます(笑)そんなの、他国、非英語圏でもある意味中級、よく言っても中上級レベルなような。上級というネーミングは日本には存在しないぐらいの気持ちじゃないとだめかも。

取り上げられている英文はリベラルアーツの多岐にわたっていると思うのですが、私が読んだ(読まされた)本も入っていました。

見え隠れしているのは、「きちんと日本語に訳せて初めて理解できている」というテーマ。

先ほども書いたように、ここがグレーゾーンです。私は英文によって変わると思っているので、両方必要だと思っています。だって聴いてわかるものもありますしね。映画やaudibleでいちいち日本語にしてたら、全然味わえないし。

翻訳をされる人にとっては、そこは日本語にできないと意味ないですよね。難解な文の誤訳を指摘できるほどの力のある先生なので、翻訳の勉強をされている人にはマスト的な存在になるのかもしれないなと思いました。北村先生の訳、すごくわかりやすいです。こんな風に訳せたら怖いものないって感じ。すばらしい。

一方で話すときとか、聴いているときに、直解で理解するのも大切な要素。そうでないと、特にリスニングは伸びませんしね。

最初の部分に北村先生が

学校や予備校で習う文法や構文などは難解すぎて実用的な場面(例えば日常的な会話や情報収集、娯楽)などには適さない、といった意見を耳にすることがありますが、このような誤解は英語学習者にとっても社会全体にとっても有害で正されなくてはならないと思います。

と書かれいる意見には私は賛成です。娯楽って、ドラマとか?もしそうなら、そんなもの、試験をも超えて難しいと思います(笑)高校生が覚えさせられる構文ですが、全部がくじら構文みたいなわけではなくて、ある程度頻繁に使われるから頭に塊で入れる必要があるわけですしね。だから単文音読もほぼ毎日やって、文単位で英語を頭に入れる作業を私は今だに自分の課題としてやっています。

あとは、使う教材だと思います。日本のテキストはよく吟味しないと難しい。英語母語者の目から見るとぞっとするものから、笑っちゃうものもあるということをわかっておかないといけません。同時に、海外のテキストがしっくりくるかというと、これも選ばないと難しい。日本人向けに書かれた一人の英語母語者に頼りきりのものも、他の英語母語からしたら??なものもあるわけで、どちらにしても、いろんな人の目の通った校正のしっかりしたものを選んでいくしかない。柔軟に対応していくしかないわけです。

しかし、英語を学ぶ人全員が深い英語学や言語学やレトリックがわかっていないと、英語をわかっていないというわけでもなくて、そこはそれぞれでいいと私は思います。

試験だけ特化している人たちがわんさかいる日本だし、(というかそれが主流?)楽しい英語だけでも、わかったつもりでも、それでも生きていける日本ですしね。しかし、楽しい英語でもある程度の構文は知っとかないと理解できないということです。いや、ほんと。3語で伝わっても、それ以上のことを伝えたいときはどうするんだ?それは考え方だけにしといたほうが私はいいような気がします。

それを超えたいときに手に取るといいのではないかと思いました。鍛えられます。

で、私も「わかったつもり」にならないように、

また最初からやろうと思います。あ、でも課題もやります。ひいいい。

また長々と書いてしまった。これ、最後まで読んでくださる方がいるといいけど。

読んでいただきありがとうございました。

また一緒に頑張りましょうね!

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