生活と英語

今日もお越しいただきありがとうございます。まだまだ暑いですね。お元気ですか?

今日のBGMはこちら。 


Spirited Away (2001) - The Name of Life (Instrumental piano) Inochi No Namae いのちの名前

子供が少しだけラピュタ見てて、そのあと一緒にこれを見たがったので、録画したものをつい見てしまいました。宮崎作品は音楽とともに永遠に心に沁み込みますね。子供が違う年齢になってまた見直しているのを横に、何かを心に貯金してくれたらいいなあと思いながら一緒に観ました。

今日は生活臭が強いブログかもです(笑)

自分の学業があまりたくさん襲ってこないのに、なんでこんなにバタバタしているのだ?思います。なんかちょっとしたことの積み重ねなんですよね。

例えば、我が家はヨーグルトと甘酒は手作りがすでにルーティーン化してるんですが、犬も含めて家族全員で自家製カスピ海ヨーグルトと甘酒を食べるし、母が朝ご飯に甘酒に梅干しを入れて食べるのが習慣になってきているので、絶対に欠かさないように、うちのヨーグルトメーカーは結構酷使されてます。夏は固まりにくいので、生協さんの牛乳じゃないくて、市販の牛乳を使ってこのところ作っています。低温殺菌の牛乳は固まりにくいみたいです。

この甘酒も数年前に読者の方が教えてくださって、しばらくたって、学校の講演会でたまたま甘酒について教えてもらったのをきっかけにその日にヨーグルトメーカーを頼んで1年以上たちます。家で作ると買うのと違って経済的だし、ゴミの量も減るし、なにより手作りというのがちょっとうれしいです。紹介してくださった○○ははさんに感謝です。いつもやさしい言葉がけありがとうございます。

あとは、毎日麦茶代わりに飲む三年番茶をティーバックにいれる作業とか、細かいこといいだすときりがないのですが。ほんとに生活に気を遣えば使うほど手間がかかるという仕組みです。主婦なのですみません。でもていねいに生きようと思うのも結構大変なわけです。

バタバタのもう一つの例は、子供が早朝に出ていくと宣言したのでそれに合わせて毎朝朝5時台に起きて、できるときは夫と子供のずぼら弁当こしらえて、6時過ぎに家族三人で家を出て、子供を駅へ、夫を職場へ送り届けた後、どこに行ったからというと、

教材を作らないといけないのに、学校に教科書忘れて、授業もないのに、早朝こっそり取りに行きました。高速は片道だけにしたんですが、使わないとえらい時間かかる(汗)

こういう無駄なことが多い私なので、バタバタしちゃうんですよね。でもその間も耳は英語を聴いている状態なので、まったく無駄にはしてないと思うのですが。

母親業とか、主婦業とか、仕事とか、親たちの相手とか、どれかでも、全部でもやりながら日本で英語を勉強していると、

実際には英語を使わないので、ものすごく強い動機が必要になります。英語の先生で長い経験もありますが(汗)英語で英語をおしえて常時英語使ってる職場はあまり見たことありません。そんなもんです。これから若い熱意のある先生が増えて進化してくれたらなあと思います。

私は非常勤なので、いろんな授業を持たされます。決められた教材が無茶ぶりだったりもしょっちゅう。授業もとにかくちゃんと訳して英文解釈できないと力がつかないとか、やたらにアクティブラーニングだけやってたとか、ほんとにいろいろ。どっちの場合もあとで受け持つとけっこう苦労があります。でも先生もみんなそれぞれによかれとやっていることなのでね。それぞれのベストでいいと思ってもいます。

子育てに正解がないように、長年混乱している学校英語にも正解はあるのかなと思ったりもします。

まだまだいろんなせめぎあいで、混乱中。あれがだめ、これがいい、これもだめみたいな塩のぬりあいするのを横目に、心の中で「事件は現場でおきてるんやでー」と思いながらやってます(笑)あ、また教師っぽくなってしまった。すみません。

日常で全く使わなくていい日本で英語を使う仕事がそんなに巷にたくさんあるのかなあとも思います。それより中国語とかのほうが多かったりしてきてるのかな?

今のように、英語を教えないといけない、今は学校に通っているとかだと強制的に英語をするルーティーンが出来上がりやすい。

でも実際に仕事も大学院もどちらもしたいかと聞かれると

正直「まったくしたいと思わない」という答えです。わはは。学生の方とまったく同じ。できればやりたくないけど、やらないといけないと思っているだけ。

いままで仕事を得たり、仕事で得をするということで資格試験を受けてきました。でも目的を果たすと、それをやり続けることに意義が感じられない。派遣の仕事をしたときに、常時資格試験を受けて、受かったか、何点だったかを報告しないといけないくて、それで仕事が回ってきたりするというのがあったけど、それも私にはあまり効果がなかったです。時給が高かったら違ったかも~(笑)結局学校に直接雇われる道を選びました。そちらのほうが条件がまだ高い。(でも薄給ですがね)

若い方々ならそれもいいけど、試験を受け続けて実力を付けようということをすることももう無理だなあと、今年の初めに2週間おきにIELTS,英検1次、大学院入試とたてつづけに受けた時に思いました。あれをもう一回やれと言われると、かなりつらいです。

試験勉強が苦手なので、そればかりしていると、どうしても虚しさを感じてしまうので、ほんとにその試験が必要じゃないともう受けようと思わなくなってしまいました。

たいていは、並行して小説を読み(聴き)続けるということをしてきたので、両立しながらするのは私にとってはかなりの消耗戦です。

それでしんどくなるなら、今の状態でも仕事があるので、もういいやとつい思ってしまいます。今の私は小説を奪われるともうできない体になってます。

日本で試験が中心になっているのは、もうご存知の通り、日本で英語を使う必要がないからです。だから試験でモチベーションを保たないと英語できない。

でも試験を受けているときには家族にしわ寄せがくるぐらいしないと試験に受からないという状況が起こっていました。それか自分を酷使するということは誰もが経験していることではないでしょうか。そんな軽く受かったり、高得点とれないですしね。

そのほかで英語を伸ばそうという選択肢は、私のように小説を読み続けたり、聴き続けたり、映画やドラマを英語で理解しようとすること。今の私がその状態です。まあ伸びを感じるためにという感覚がなくなっていくのも英語読書の特徴かもしれません。

でも大人向けの洋書を読むことは難易度が高いと思うので、そこまでになるには、分野によっては資格試験をクリアするぐらいのレベルというハードルが立ちはだかるのではないかと思います。

そしてそれが資格試験を制覇しないとそれができないかというと、そうでもない。

 英語を楽しんで、たくさん聴くという行為は、自分もつい言ってしまうのですが、「楽習」「中身が薄い」とかの形容をしがちで、がっちり英語のテストみたいなものを、または問題集みたいなものをしないと勉強とみなさない傾向が強いような。

でも、たとえば兼業主婦で、家では家事に子育てに追われている人が机に向かうのは至難の業。そこで睡眠時間を削ったりしてみなさん苦労されているわけですが、あ、私はそんな体力がないので、気力でこの数年を過ごしてすでに何年も前からがたが来てるので、読んでくださる方が少しでもその苦労を減らせたらと思ったのも一つの理由で、前身の「兼業ママの英検1級奮闘記」を書き始めました。

私が英語を続けられているのも、試験を受けなくても英語を続けられるのは、試験以外のものに夢中だからなのですが、

ながらで、英語をやることが、どうも引け目を感じるような風潮がまだあるような気がします。がっつりやらないと英語学習じゃないみたいな、しっかり英文解釈しないとだめみたいな。テストで高得点とれないとだめみたいな。

どれも必要に応じて、人によってはすごく大事だと思うけど、臨機応変にやらないとできない人もいるわけです。続かない人もいるわけで、

それを常に踏み絵にする必要もないと思うに至りました。たまにwobblyになったりもします。仕事がらみもありますしね。

そこにいろんな英語のアプローチがあって、その人が続けられるのならそれでもいいのではないかと思います。

語学は継続してなんぼ。ことばですから。

そして、いつも思うのですが、レベルで優劣をつけるのではなく、一緒に楽しめたらもっといいなと。

ネットでつながっているお友達も違う言語をしているお友達や、試験勉強、試験勉強以外の英語、語学以外の勉強を頑張ってらっしゃるお友達からも学ぶことはたくさんあるなと思うし、

そして、中学生が元気な声で私のあとについて大声で英語を発してくれるのをみていつも思います。「今日も先生と一緒に英語しようねー」と授業を始める。

真剣に学ぶ、質問をしてくる子たちから学ぶことがほんとうにたくさんです。

ともに勉強する。どんな形でも。

そしてそれが自分を豊かにしてくれるエネルギーなんだなと思います。

なんだかつぶやきになってしまいました。すみません。

一緒に頑張りましょうね。

読んでいただきありがとうございました。

個別にはお返事できない非公開としてコメント欄をつけさせていただいています。いただいたコメントはいつも感謝と共に大事に読ませていただいています。ご了承ください。