どんな一日でも

今日もお越しいただきありがとうございます。ちゃんとクーラーつけてますか?タイマーとかで消さないほうが体にいいそうです。こんな危険な暑さで来年どうやってオリンピックするのかなあ。心配です。

一応自分の勉強のほうも、自分の専攻以外はすべて前期が終了しました。いやあ、しんどかったです。ホントに終わってよかった。

今日聴いたニュースで世界をあげてベジタリアンやビーガンになるぐらいの意気込みがなかったら、世界はますます暑くなっていくみたいなことをききました。私はそんなにお肉に執着がないほうだと思うのですが、夫と子供にはちょっと酷な世界かもと思いながらききました。大豆が原料のお肉に似せたものをいれるとすぐバレる(汗)でも我慢できるんじゃないかな。

世の中ではいろんなことが起きています。残酷な世界。災害の前には、無差別に放たれる銃や爆弾の前では人の命ははかなく感じます。

この1週間で知り合いの方々のご家族が夜寝ているときに急に亡くなられるということがありました。

私の知り合いの方と夫の知り合いの方。お二人。

どちらもご家族が必要としている前途洋々な方々。まさかということが起こる。

残されたご家族にとってどれほどつらい日々か。

覚悟していないだけにショックだと思います。

母が何度が入院しているこの数年ですが、入院するたびに覚悟してきました。でもその時の感覚はなんとも言えないものです。

この間も、家の中でも歩けなくなってきて、このまま寝たきりになるのでは?と何度も何度も頭をかすめました。

先月、主治医の先生が投薬を変えてくださったのが効いてきて、今はまた少し歩けるようになりました。(心配してくださってありがとうございます!)ちょっとホット胸をなでおろしています。

覚悟なく突然舞い降りてくるご家族の不幸。ご冥福をお祈りするとともに、何か力になれたらと思う気持ちと無力感を感じます。目に涙をためることしかできません。

このブログは英語ブログです。でも、英語を通していろんな思いが集まります。

それは、「なんとか細々でもがんばってみる」という気持ちがあるからじゃないかなと思っています。

実は今日もご自身の死と闘って生還された方が近況をコメントくださいました。こんな私をそんな風に思っていただいて恐縮です。

大きな病気を抱えた方、ご家族が病気を抱えた方、それを克服された方もいらっしゃれば、現在進行形で歩んでいる方もいらっしゃいます。大きな手術の前にコメントをくださってその後どうなっているのかはその方がコメントを下さらない限り私にはその方がこの世に存在してくださっているのかどうかさえもわからないということもあります。これはいろんな人が通り過ぎていくブログの性質上仕方がないので、私には祈ることしかできない。間接的なことしかできない。

それでも、間接的にでも、言葉だけでも、

伝えることができる。

伝えたい人に伝えられなくても、誰かに伝わるということをこのブログを通して何度も経験してきました。だから書き続けます。

日本では1時間に3人の割合で独り暮らしの、男性、特にお年寄りが一人孤独に亡くなられているそうです。

私は毎朝電話して母の声を聴くとホッとします。ああ、また今日も生きていてくれた。

 

この残酷な世界でも、

それでも時間は過ぎて、生きている人はまた今日を迎えます。

どんな明日でも、どんな今日でも、一日を終えることがどれほどすごいことがと思います。

苦しくて、苦しくて、心が壊れそうになっても、

どんな一日でも過ぎていく。

残酷に見えても、

一日は過ぎていく。

どんな一日でも私たちの一日。

 

コツコツわからないことをひとつずつ積み上げていく世界。私にとっては、自分がてくてく歩いていく中、伴走してくれるのが英語になってます。今日もaudiobookを1冊聴いて涙してしまいました。

今の私にとって、英語を通して得る感動には優劣もなく、数字も実はあまり関係がない。

私のことを「私の本当の意味でのangel」なんて言ってくださった、こころやさしいお友達も、きっとまた英語とともにてくてく歩いて行ける日がくると信じています。

 

それがいつかでも、また一緒に歩いていきましょうね。待ってます。

 読んでいただきありがとうございました。

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