新学期

今日もお越しいただきありがとうございます。お元気ですか?外に出ると桜が目を和ませてくれる季節ですね。新学期です。

前回の私は暴走中でしたが、その暴走もここまで。なにせ、何十年ぶりかのピカピカの一年生。全然ついていってません。

今日から学校に通うのですが、まず、「単位ってどう計算するのだ?」「どれがどの科目に入るの?」ともう、基本中の基本からあたふたしています。スタートから周りの方々を困らしそうです。いやもう困らしている(汗)劣等生として開き直るしかない。

この春から大学院に行くことになりました。まわりは若い人ばかりで、社会人の方もいるような気がするのですが、どう考えても自分一人浮いてます(汗)おばちゃんは私しかいないような。

でも、それも覚悟の上なので、学校にいるときに孤独なのは全然いいのですが、困るのは何をどうしたらいいのかよくわかっていないということです。

1週間でどれぐらいの授業をとるべきなのかわからなくて、先生や知り合いに質問しまくって、「そんなにとるのは無理でしょう。学部生と違うんだから」というほど最初に取ろうとしていたことがわかったりしています。だって学生になるのは何十年ぶりだしなあ。はあ。

合格してから、決めたテーマに沿って資料集めしたりしていたんですが、それもほんとに的をえているのかさっぱりわからず、読めば読むほどわからないことがでてきて、すそ野がひろがっていってる状態です。日本語も読みますが、英語しかないばあいもあるので、英語で読んだりもしています。

英語をたくさん目にしているとは思うのですが、それでテストの点数が上がるとは到底思えない。全然違います。

でも、それが自分に必要なことだとやっぱり思います。

資格を取るために必死でテストばかりの準備をしていたけど、英語を教えていて、足りないものがたくさんある。

生徒がレポートを書くときに、ちゃんと指導できるようになるには、自分が深い経験がないとだめだとずっと実感していました。そうじゃないと、英語を使って英語を身に着けるではなくて、英語の点数を上げるという表面的なことにとどまってしまう。今はまだそれで大丈夫ですがね。

自分の英語力を上げるだけではだめだとずっと思っていました。

学びたいことがあって、そこのフィルターが英語である状態の世界に自分が身をおかないといけないと思いました。

それがほんとに「教える」ことにつながるんじゃないかなと。

この先何年英語の先生でいるかは自分でもわかりませんが、やるからにはちゃんとやりたいですしね。

それに無知な自分の中身をだめなりに少しでも広げたい。頭悪いなりにも教養はつけたいのだ。

技術的なことも学ぶとは思いますが、やっぱり英語で知識を増やすことが大事だなと、そういうところに身を置き始めて実感中です。

ますます自分が日本の世の中の「英語できる人」の枠から離れて行っていますが、それでいいや。気持ちが軽いです。

そんな先生が一人ぐらいいてもいいと思うし、実際に私なんかの英語を「ずっと聞いときたい」と言ってくれる人たちもいくれるし(いやあ、おはずかしい。間違いだらけなのに(汗))。

うれしいのは、前任校で、私の受け持っていた生徒たちが、一番手のクラスじゃないのに、けっこうな割合で国公立に受かったということがわかりました。「angel先生のおかげです。快挙です」なんて去った学校の先生から言ってもらえました。

ある程度は必要なのもわかっていますが、私の英語力がすごくなくちゃいけないのではなくて、彼らの力をひっぱってあげる力のほうが大事だと思った一年でした。

教えていた生徒たちの中には、文法がまだ完成していなくて、どうしたものかと思う子たちもいました。それでもコツコツやることを覚えてもらって、最後まであきらめないことを伝え続けました。

他の先生たちが「あの子があそこに受かるなんて」というケースが複数出てくれた結果となりました。

その子たちのなかから、「先生になりたい」「英語が好き」「英語を武器にしたい」という子たちがまた生まれる。

小さな芽を育て上げることができたことに感無量です。

先生もね、君たちと一緒にピカピカの一年生だよ。

さあ、一緒にガンバロウ。

新学期。

新たな気持ちでまた一緒にがんばりましょうね!

読んでいただきありがとうございました。

個別にはお返事できない非公開としてコメント欄をつけさせていただいています。ちゃんと届いています。いただいたコメントはいつも感謝と共に大事に読ませていただいています。ご了承ください。