つながり

今日もお越しいただきありがとうございます。お元気ですか?今日はこれを聞きながら書いています。


米津玄師 MV「Lemon」

またまたメガヒットのこの曲ですが、歌詞もいいので、おばちゃんでも聞き入っちゃいますね。子供が教えてくれていたときは全くテレビに出てなかったけど、今は知らない人はいないですよね。

みんな忙しく過ごしているこの世の中で、ちょっと一言清涼剤のように下さるコメントにいつも癒されています。「再婚しました」「いつもやる気をもらっています」「うるっときました」「花粉症は大丈夫ですか」「新しい仕事が決まりました」「英語勉強する気になってきました」最近一緒にうるっときてしまったのは、ご家族の精神的なご病気で大変な中英語を勉強されていて、「いつか英語が自分を救ってれると信じてがんばっています」などなど、画面のこちらでニコニコ、時にうるうるきながら読ませていただいています。

独り占めするのはもったいないので、あともう一つ、ちょっとだけおすそ分けさせていただきます。

定年されてから一念発起して勉強を始められて、卒業後その技能で新しい仕事を始められてからも英語を含め違うことに挑戦し続ける人生の先輩がいらっしゃって、何度も読んで泣かせていただきました。つらいことが多いはずなのに、言葉が光って見えました。

私が今の道を目指したのも、そんな人生の先輩がいたからです。仲のいいニュージランド人のお母さんが50代になってから大学院に通って学位を取り、今はもう70歳をすぎてらっしゃると思うので、半分引退しながらですが、現地の教育の指導者を育てるためのお手伝いをされていることに刺激を受けました。ニュージーランドは教育に力をいれる国の一つです。ニュージーランドに友人たちを訪ねて滞在していたときに泊めてもらっていた時でした。そのお話を聞いたときはまだ40代だったので、そこから目指して、結局そのニュージーランド人の人と同じぐらいになってしまったけど、なんとか入り口にこぎつけました。海外では年齢がいっていてももっと当たり前にみんな勉強していたりしますが、日本で女性がそれをしようとするとまだまだだと思います。男女の格差も大きいですしね。

そして、数年前に亡くなった恩師に心の中で約束していました。その約束を果たそうと6年間がんばってきました。夏に恩師が最後に教鞭をとられた学校の先生とたまたま知り合ったんですが、いまだに伝説の先生だと聞きました。私の心の師匠。先生、まだまだだけどいまだに頑張ってるよ。自分のブログの過去に戻って、6年もたったんだとまた実感しています。

いろんな自分のこころの中のつながりを大切に抱いてきました。これからもそうです。

齢を重ねると、若い時なら簡単なことでも、ものすごく回り道して、時間がかかります。私はどんくさいのでよけいです。

やり直しをすることがすごく難しい世の中だなあと感じています。人生をやり直すことに社会や人が寛容じゃないなとよく思います。まるで人は失敗しないで生きるべきだといわれているよう。枠の中にはいっていないとだめ、一度階段から落ちるとだめ。「こうあるべき」が多すぎで、窮屈だなあと思うことありませんか?自分で「あるべき」を作りすぎてませんか?

そこから解放される日は来ないかもしれなくても、はずれて違う道を、そこから見える良い方向に歩いていけばいいのだとよく思います。

今回私が受けた仕事は周りの人、紹介してくだった方でさえもがびっくりするほど安月給です。でも普通に出回っている仕事でもないので、声がかかることが光栄だと思いました。つながりでやってきた仕事でずっとその状態は無理かもですが(笑)そこに至る縁を考えると、それが自分の道だったのかなあと思えます。その時期を経てまたなにかいいことが起こるから。感謝してうけて、感謝されて。

もっと宣伝して自分を売ったらいいのにといわれることもありますが、そういうのは全く自分に向いてません。例えば何回英検に受かっても英検を語れるとは全く思ってない自分がいます。つねにできない自分が心にいるので、自分を誇示するのにものすごく居心地の悪さを感じます。昔「結局自分を誇示したいんでしょ」みたいなコメントもいくつかもらったこともありますが、ナイーブだった自分はそれをしたとたん、成績が落ちたりしたので、それも今はないです(笑)

できないと感じる自分がいるから謙虚に頑張れるとも思っています。

ひたすらひたむきに授業をし、英語を勉強している姿を知っている先生が「angel先生にぜひ」とやってきた仕事を選ばせてもらいました。

こうやって片隅で「もうかりまへんなあ」とブツブツ言いながらも(笑)たまに英語を教えたり楽しんだりするのが性にあってます。お金は入ってこなくてもたまにご褒美もありますしね。まあ、自分の中では実は夫の扶養家族に入ることに違和感を感じてはいます。ずっと自分も自立して対等にできたらいいのにできないジレンマを抱えながらだからよけいです。せめて扶養家族にはいらないことぐらいしかできてなかったにしてもです。しかしここは、甘えさせてもらって学生にならせてもらいました。

なんでも自分が得をしようとしていると、その時は得をしするかもしれないけど、結局損をしたみたいな人のほうがあとで大きく得をするのではないかなと思います。「情けは人のためならず」ですね。でも自分のために人に情けをかけるのではなくて、そこに人に対する優しさが生まれることが大事かなと思いたいです。

お人よしとよく言われますが、心の中ではなりきれてない自分がいるし、まだまだ相手に期待してしまう自分もいて、その自分をいやにも思ったりします。不器用で、人間関係にももちろん悩みながらです。この間ご紹介した同じ著者の本をまた読んでいます。これもなかなか癒しになります。

愛の本 (ちくま文庫)

愛の本 (ちくま文庫)

 

恋愛の本とかではないです。家族を含め、やっぱり自分以外の人との距離感について優しい語り口でかかれていて読みやすいです。ちょっと引用してみますね。

「自分の能力や置かれた環境の限界を知りながらもささやかでも確かな一歩を踏み出す勇気を失わないこと、自分のすべてを受け入れてくれることを他者に期待せず、自分の考えや感じ方が少しでも伝わったことを楽しみ、そこを基点に少しずつ人とのつながりを深めていくこと」

「『他者』というのは何が恐いかって、『私』の許可なく勝手に『この人はこういう人だ』って判断を下してくること。つまり『私』の許可なく勝手に私を『対象化』してくる存在が『他者』なのだ。

つまり、『このように私を見てほしい』といったこちら側の願いなんてあっさりふり飛ばしてしまうような存在それが他者」

「身の回りの表面的な比較でしか、自分の優位性を測ることができないのはとても寂しい。なんか自分の中に『芯』のようなものを見つけて、それを大切に育てていくこと。自分自身が『幸福に』なるためにも、自分にとっての〈ほんとう〉を自分の力で探し求められる、そういう大人になってほしい」

やさしい言葉でじぶんが言葉にできなかったことをスパッと書いてくださると気持ちがいいものですね。若者に向けての言葉ですが、故人になられた著者が44歳の時に書かれた言葉を50歳を過ぎた私が尊敬の気持ちを持って読みました。大人こそ読んだほうがいいかも。

私の英語の位置づけはすでに自分の人生の一部と化してしまっています。

わかることを確認するというのではなく、知識偏重の時期は過ぎて(過ぎちゃいけないまだ段階であったとしても(笑))何かをしるすべとして英語を使うことも増えてきました。

英語で小説を聞いて涙することもしょっちゅう。英語を通して知ることは、日本語だけでは知りえなかったことも多いので、なんだか豊かな気持ちをもたらしてくれています。

ストレスがたまったら、英語ブツブツ音読したり、小説の世界に没頭したり。英語を通していろいろやること。それでずいぶん助かってきました。

英語を通していい距離感で人とつながっている自分の立ち位置もとっても気に入っています。

夢中になるものがあるっていいと思います。

また書き出したら書いてしまった(汗)あ、これね、現実逃避ですわ。調べ物をしないといけないのですが、コンピューターの前に座ったとたん、こうやって書きだしてしまう。それとか今は家事の合間にコマ切れに映画みてます。いかーん!

勉強しなくっちゃ。

読んでいただきありがとうございました。

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