小さな努力のつながり

今日もお越しいただきありがとうございます。お元気ですか?

前回のブログにたくさんのコメントや拍手をいただきこの場を借りてお礼申し上げます。

この数日間画面の前で何回涙ぐんだかわかりません。ブログというのは読み逃げが基本だと思ったほうがいいし、私は直接返事を書かないので、読者の方が残してくださる、ちょっとしたお声がけでもものすごくありがたいと思っています。一日が違ったものになることさえあります。このせちがらい世の中、匿名の世界でも、こんな優しい人がいるんだと自分の心がほぐされます。だからここまでブログを書き続けることができたと思っています。そして、そんな人のように自分もそうでありたいといつも思い修行しています。

数百人の中の数十人というのは、ちょっとあり得ないぐらいありがたいことだと思っています。波はひくと思うのですが、ブログ村のランキングもやめたにもかかわらず、こんなに読みに来てくださる人がいるのはちょっと怖い気持ちもあります。ネットは諸刃の剣なので、ええ塩梅が必須ですからね。ストレス解消になるからみんなやってるんだろうけど、かえってストレスになったら意味ないですからねえ。バランスが大事だとよく思います。「嫌われる勇気」もってやらないとねえ。でも検索で一番上に上がってるようなタイトルは変えようかなあ。

あまりにもマニアックで引かれることも多い私ですが(笑)中にはもう何年も前から知っていた懐かしいお名前もたくさんありました。ずっと読みに来て下っていたんだと感激しました。本当にありがとうございます。

中には「勇気を出して初めてコメントします」なんて方もいてくださって、うれしかったです。

書いて下さる言葉の中には、私なんか比べ物にならないすごい人もいらっしゃいます。尊敬の念と一緒にお礼がいいたいです。私こそ勇気をいただきました。ありがとうございます。

それから、体のことを心配してくださる方もたくさんいて、ありがたいです。自分なりの大仕事がおわったので、脱力感と開放感で気持ちは元気なのですが、体はおばちゃんなのであんまりついてきてくれてないですが、なだめながら、昼寝しながら頑張っています。このところ利き手の肘が痛くてあまりものが持てない時期があって洗濯物とか料理とか、マウスをクリックするのも痛いときがあって、病院行けと家族に怒られました。徐々にましになったので、こうしてブログ書いてます(嬉)それと、耳を酷使しているのは重々承知してて、どうもよくない感じなので、このところは家ではノイズキャンセリングのヘッドホンをなるべく使うようにして、音を小さくして聞くようにしています。

もうすぐ、ほんとに今の職場の授業が終わるのですが、(やっと!)行ってみるとまた想定以上の生徒が待っていてくれてびっくりしました。自分の勉強をする時間は全然なかったけど全力でがんばりました。全部ちゃんと英語直せてるといいけど(汗)ほんとに全員受からせてあげたいなあ。

私立の入試が一通り終わって、学校に来る3年生は国公立の生徒だけです。家でやってる子もいるので、全員来るわけでもない。

その子たちにちょっとだけ時間をとって話をしました。自分がこの一年実は生徒たちと一緒にがんばっていたことと、春から学生になることを言いました。入試まであと1週間ちょっとなのですが、たった一週間で何かが変わるかどうかということを話しました。

「先生も君たちと同じように、勉強してたよ。試験1,2週間前から1冊の問題集をやってやりきることをしてた。そしてそれが生かされたと実感しているから、こういうやり方を提案したんだよ。もう入試を終わった友人たちと君たちには大きな違いがあります。この数週間でものすごい伸びがあるから。それは次に受ける試験で、そして春からも違いを実感すると思うよ。この1週間で何かが変わるんだよ。そして勉強したことは全部入試のためだけじゃなくて、いつの日かどこかで力になっているということを忘れないで充実した日を一緒に過ごそうね」と話をしました。

話が終わると、また休み時間も無視してひたすらやって、「先生これ添削して」「これ一緒に訳して」と生徒たちは頑張っています。この純粋なひたむきさを見ると、先生向いてないなあと実際は思っている自分ですが、どうしても心がそちらに向かってしまいます。

 

試験に受かることが目的ですが、それ以外に心に何かが宿る。だから人間って、素晴らしいなあとよく思います。まあ、人間はやっかいで、よく濁ることもあるので、透明感が感じられるその時は貴重だなと。

試験は通過点です。何かに向かってどうしても通過しないといけない関所。その関所を飾り立てるだけではなく、そこから見えるまた遠くの景色を見て、本当の目的に向かって歩きはじめるためのもの。生徒を見ていてよく思います。

私の教え子には成績がいい子もいれば、よくない子もいます。ある子に「どこに決まったの?」と小声で聞いたら、すごく恥ずかしそうに「先生、文転して○○大学になんとか受かった」といいます。私が「おめでとう!だって、英語すごく好きだったもんね。理系じゃなくてもそれが君の道なんだよ。これからぜひたくさん英語やってね」いうと、「うん、これから頑張る!」とすごくうれしそうにしてくれました。恥ずかしいことじゃないんだよという気持ちが伝わったのだと思います。なので、どうしてもそのあたりで厳しめのことを書いて嫌われていることもあると思いますが、お許しください。点数取れなくても認められたっていいと思うんです。劣等生と感じながらでも英語やってもいいと自分が思ってるので。あなたにお子さんがいらっしゃって、お子さんが先生に平等に見てもらえなかった嫌じゃないですか?私は自分の子供も成績がいくら悪くても決して怒こることはないです。だから成績伸びないのか?(笑)でもあくまで本人の責任ですしね。あ、携帯依存は怒りますー。そこはむっちゃうるさい母ちゃん。

いつも思うのですが、結果を出すのは大事だとわかっていても、この瞬間が一番大切なものだと、がんばっていることが結果につながらなくても、その努力をしている瞬間の連続がどこかの未来へつなげてくれていると思います。

レベルに優劣はまったくなくて、その努力が大事だと思います。

あなたが今「もうだめだ」と思いながらも、小さな歩みでも、やめないでがんばっている努力を私はものすごくいとおしく思います。無理をあまりしないで、ほんの少しでも前に進もうとするだけでもすごいこと。

そして心から応援している変なおばちゃんがここにいます。

また一緒にがんばりましょうね。

読んでいただきありがとうございました。

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