英語を好きになってほしい

今日もお越しいただきありがとうございます。お元気ですか?朝はすでに愛犬のためにホットカーペット、自分が座った時はフットヒーターを使うことが多くなってきました。

この歳になっても、なんとか英語の先生としても一人前になって、もっと上手に教えれるようにといまだに格闘の日々です。いろんな学校、いろんな学年、いろんな形で英語を教えてきて、その経験も生かそうとまじめにやってます。

勉強も体の許す限りなんとか英語力を高めようと、この年になって毎日何時間も英語を聴く日々です。若い人のような伸びもないけど、できるときにできることを必死で頑張っています。

昨日新聞で公立高校の教員は過労死レベルだという記事を読みました。私は非常勤講師ですが、夫は元公立教員、しかも、この地方で最も残業が多いといわれている学校でした。その夫は今違う学校に雇われていますが、

さらに仕事が多いです。昔よく「学校の先生は休みが多いからいいよね。夏休みとかも長いでしょう」なんてよく言われました。私は非常勤なので、それは当てはまりますが、専任の先生は全く逆になっています。昔とは取り扱っている仕事量が違う。

公立の先生の多くが過労死レベルなら、私立の先生の過労死レベルはもっとです。非常勤の仕事としても、公立と私立では比べ物にならないほど重いです。

もともと私には抱え切ることができない仕事を与えられていて、休みもまったく仕事をしない日はない生活になってしまった今年度なんですが、

その上にまた「先生これを増やしてやってください」と言われました。

あまりに無計画で、おもわず怒りの声をあげました。ああ、ずっと我慢して耐える予定だったのに。

生徒の成績が振るわないから、その分教材を増やしてやらせる。まったく違う分野を教えている私の授業に入れ込んでやってほしいと言われました。

これ以上種類が増えて並行してやるのは教材の準備がいまでも追っつかないので、無理だといいました。自分が仕事がこなせない、使い物にならない講師だと思われてもいいと思いました。

ある意味では、生徒を思って、生徒の成績を上げたいから出てくる発想ですが、

教材を次から次へと与えたら、

英語の力はつくのでしょうか?

大人でも次から次へとテキストをやって力がついたというの話はあまり聞きません。言われたのは、このままだと生徒は私が教えてる内容は入試で必要ないかもしれない大学を受ける子が増えるから、というものです。それは夏の時点でわかるはず。それなら、なぜそのテキストをやらせる前にちゃんと考えないのかと反論しました。もともと普通の学校よりたくさんテキストをやらせている状態です。でもそれが入試で必要な生徒もいるのです。

本当に生徒のためになるのだったら、変えてやってもいいと答えました。今やっている教材を途中でやめて、テストを何回も解かせることで、彼らが将来、例えば大学でプレゼンをやる時にちゃんと英語で発表できるように英語を書けるようになるのなら。

今のテキストも無理がある状態で始めて、夫や仲のいい先生たちに「そのテキストをそのスピードでするなんて初めてきいた」と言われてやっている状態でした。間に合わない。

生徒は早い時点ですでに消化不良を起こした状態。もともとの基礎がない上に積み上げているので成績が安定しないのは当たり前なんですが、そこにどんどん新しい教材を積み上げて、テストをやらせてテストに受からすために短期間で仕上げる。たくさんやれば何人かの耐えた生徒がいい大学の名前を持ってきてくれる。上のクラスにいい先生を投入してとにかく進学率をあげる。

それが今どこでも起こっている学校の現状だと思います。

「○○大学に何人」しか基準がないから親はそれを見て子供の学校を選びます。

そのために、本当の英語を教えられらないことが起こっている。

それが現実。

大人の世界でも、英語が使えるじゃなくて、テストで高得点がとれることや人にお金が集中しているのは全く同じ構造です。

それが現実。

そうじゃないと英語勉強する動機がない日本だから。

これを高校受験の親御さんで読まれている人がいたら、よく考えてほしいです。

クラス別に別れた学校は、上位のクラスにはいらないと全く意味がないことがほとんどです。ガチガチに宿題やテストを与えて、耐えた生徒をガンガンに鍛え上げていく。上のクラスにエースの先生を投入して、取り残された生徒達は非常勤の先生に丸投げなことが多いです。私は非常勤ですが、下のクラスをたまに担当することもあるけど、経験からトップじゃないけど、上のほうのクラスも持たされることも多いです。なので、両方わかっています。

どちらの生徒も同じくかわいいと思います。このあいだ受け持っている中で一番成績がふるわないクラスの子たちが一生懸命私の指示にしたがっていろいろやってくれているときに思わず「先生なあ、君らのことむっちゃかわいいわ。英語苦手でも一生懸命やってくれるし、反応してくれて嬉しいし。難しいかもしれないけど一緒にがんばろな!」と言ってしましました。何人もの生徒がニコニコしてくれました。中には「ほかの英語の授業も先生に持ってほしい」という子まで。

生徒は自分たちをちゃんみてくれてる先生をわかっています。

どちらのレベルの子供たちも一緒に英語を音読すると顔が輝く子が出てきます。

「先生、こんなに英語を声を出して読んだことなかった」

悲しい現実です。

受験生にとってはもちろん志望校に受かることが最優先ですが、

それが終わった後に、

もう二度と英語を見たくないということが一人でも減ってほしい。昔生徒に「先生、あまりにも多いテスト範囲をなんとか専任の先生に掛け合って減らしてくれてありがとう。ちゃんとテスト勉強が間に合って高得点取れて、ちょっと自信がつきました」と言われたこともあります。消化不良をなんとかしてあげたくて専任の先生に勇気を出して話をしたときです。上のクラスでみなサボっているのはなくて、連日睡眠時間を削っても間に合わない。真面目だから優秀だからこそ困っていました。

教材を減らしたことで生徒の進学先のレベルが落ちるか?私は逆だと思っています。

「声に出して読むと覚えやすいから、これからもあの音読やってほしい」という小さな灯を消してはいけない。

また強くそう思います。

この過酷な現実のなか、途中で投げ出す学校の先生は実は結構多いです。

私はいままでそれをしたことないし、これからもしたくありません。

つらいけど、

どうしたらいいかわからない生徒たちが待っているのです。

辛い時はがんばっている真剣なまなざしの彼らの姿を思い出して、ない力を振り絞っています。

先生がんばるよ。

読んでいただきありがとうございました。

また一緒に頑張りましょう。

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