日常英会話は簡単か

今日もおこしいただきありがとうございます。3連休ですが、皆さんはいかがお過ごしですか?英検を受験された方もいらっしゃるかな?お疲れさまでした。

私は体を少しでもいたわるべく、寝坊三昧です。音読寺の寝坊とでも名乗ろうかなあ。寝坊しておきて、すぐに家族を送り迎えして家事というパターンなので、どうも一日があっという間に終わってしまっています。で、夕方から仕事関係=英語関係にとりかかるという日々。

今は定期テストが一応完成して寝かせてある状態です。また日を改めて見直すという作業をしないとけっこう間違えてたりします。で、やっと時間が少しできてきたので、定期テスト後の教材を作りだめもしながら、今度は自分に課せられた英語のレポートもどきに苦しんでいます。論文形式に合わせないといけないんですが、どうも幼稚っぽい(汗)まあいいか。もっとライティングの勉強をしたいなあと拙に思いながらやっています。

健康ネタをこのところ書いてませんでしたが、ちゃんと続いています(笑)今日はふと思いついて、週末定例ブランチの米粉パンケーキの甘味に甘酒を使いました。いつもはエリストールときび砂糖を少しいれてなるべく糖分を控えめにしていたのですが、それを甘酒とほんとに少しだけのきび砂糖にしてみました。結構いけました。これからは砂糖代わりに使ってみます。あとは、パンケーキに発酵キャベツにお手製スープです。スープは家族にはコンソメとかクレイジーソルトとかウインナーとかベーコンを足してあげると喜んで食べてくれます。あ、これ健康ネタというより食べ物ネタみたいになっちゃいましたね。すみません。

で、本題に移らないとですね。この間、お友達の英語の先生と話していたんですが、

日常英会話って簡単かという話で盛り上がりました。

私は普段は高校生ばかり教えているんですが、お友達は大人の人中心。

で、話をしていて、どうも日本では「カンタンな日常会話」と謳うものが多いということに気が付きました。

簡単な日常会話ってどんなん?単語レベルで「朝ごはんください」「おかわり」「牛乳飲んでいいですか?」とかそんなの?

これ、私の生徒に急に振ってもできないコ多いだろうなあ。分詞構文とか、挿入とかが入り混じったけっこう難しい英文読まされてるのになあ。

日本では「日常英会話」は初級者がするものというなんだか不思議な定説がありますが、

何度も書くように、英検1級を受かった人が、英語圏に行って本当に日常会話を難なく英語母語者とできているのかといういうと、私はちがうと思っています。例えば、ホームステイとか下宿で、一方的に相手のいうことを聞いてたり、指示をうけるのは日常会話なんでしょうかね。訛りのキツイ地方に行くと意思疎通がものすごく大変だけどなあ。

今回のイギリス滞在では私はめったに日本人を見かけなかったのですが、見かけたときは、たいてい日本人同士とか、中国人同士とか、韓国人どうして母国語話しながら歩いていました。せっかく英語勉強しに来てるのにどうしてもそうなっちゃうのはちょっと残念ですよね。

この「日常英会話」ってあまりにも漠然としていて、あってないような目標ではないかと思います。

日常を英語で過ごす人がそんなにたくさん日本にいるんでしょうか。会話するのでしょうか。一方的に英語でたずねるセリフを覚えるのが日常英会話なんでしょうか。そこに相手とのやりとり、自分の意見を言うというのは入っていないんでしょうか。

そう考えるともっと必要なのは、「旅行英会話」ではないでしょうか。

いや、旅行先で、例えば駅なんかでの英語をキャッチするのもかなり難しいとこの間も書きましたね。でもこんなこと言ってたらきりがないですね。

日常英会話ぐらいできるようになりたいという漠然とした目標だと、結局挫折する率が高いような気がします。だからと言って、テストも偏りがありすぎる。コミュニケーションが少なすぎますしね。TOEICで人生本当に変えれるなら確かに手っ取り早いですがね。

「手っ取り早い」というのは曲者です。そもそも言語というものは手っ取り早く手に入れられないものです。何年もかけて手に入れるもの。簡単な日常会話位できるようになりたいという言葉はきっとどこかで簡単な日常会話なら○○か月で!なんてキャッチフレーズが頭にのこっているからではないでしょうか。TOEICの点数も会社の出世に役に立つというのもわかりますが、その過程で得た知識を使える場面があって初めて役に立ったと言えるのでないでしょうか。

日本では、数か月ちょっと受験勉強しただけで、英語の成績が上がって、試験に受かるという甘い蜜が存在するので、手っ取り早く「英語の学習」を「テストの学習」にすりかえている風潮があります。それは英語を必要としない私たちの日常のなかでの英語学習の長い過程の中での挫折をとどめるいい動機づけになるので、それはそれでいいんですが、私たちがまともに日本語使い切れてるかというと違うのと同じで、手っ取り早く英語なんてのは実は幻想。それに気づいて努力を続けることができるようになって初めて手に入るものではないかと思うのです。

しかし、災害の多い日本で、海外の人がほんとにこまっている報道を見聞きして、たしかに大変だとは思いますが、私たちが英語圏や海外で日本語で助けてもらえる可能性なんてほとんど皆無なのになあとも思います。税関でえらい詰問された時も簡単な英語で言ってもらっていたとしても、英語で何度もきつく言われてこわかったなあ。相手が英語わからないくてもきっとあのまま詰問続いてると思います。英語わからないんだったら飛行機乗るな見たいなノリまであるぞ。でも日本の空港はアナウンスは4か国語流れたりするぞ。日本語はかけ離れているから仕方がないけど、なんだかなあ。

英語という言語が奢った状態。英語ができると随分楽なのが事実。それが現状。英語帝国主義はなかなか覆せないのです。なのでやるしかないのですが、いろんな矛盾を感じます。その矛盾に乗って「英語ネイティブになる―」なんてのももっと矛盾を感じています。

私は日常英会話は難しいと思っています。

あなたはどうですか?

読んでいただきありがとうございました。

明日も連休ですね。素敵な祝日をお過ごしください。

個別にはお返事できない非公開としてコメント欄をつけさせていただいています。カウントは常に(0)ですが、ちゃんと届いています。いただいたコメントはいつも感謝と共に大事に読ませていただいています。ご了承ください。