4択問題のワナ

今日もお越しいただきありがとうございます。今日は気づきです。

このところ、E-learningもやってる影響で、授業をオールイングリッシュでやってみました。試験範囲が終わって、確認テストとかが多く、復習も兼ねているので、実験的に英語だけで最後の1週間ほどをやってみました。

もともと、英語母語者と入る授業では私は英語で通しているので、生徒は違和感は全く感じていないようでしたが、やっぱり戸惑いもありました。

授業の一部は小テストをしないといけなかったので、答え合わせの時にほとんど日本語を使わずに英語できいて、答え合わせしていきます。文法の説明も英語で簡単にしました。”This is a relative clause, I mean, 'KANKEISHI'."というと笑ってました。

”What's the answser?"と聞くと、生徒達は「一番!」と日本語で返ってきてました。そこでも”Yes,the answer is number one!" とどんなに簡単なことでも英語で通します。

すると、同じパターンで2回めの授業をすると、

”What’s the answer?"に対して、 "One!"と英語で答えるようになりました。

そんな簡単ことと思われるかもしれません。

現場に立っている先生ならよけいにわかってもらえると思うのですが、これを引き出すだけでも大変だったりします。単語単位でも出てこないのに、ましてや文単位で英語が出てくるわけない。簡単なことさえ言えないのに、抽象的なことを表現できるわけない。積み上げがない状態にいきなり文を暗記させて、入試で出るから自由英作文を書けと言われても無理な話です。明示的なアプローチに走ったとばっちりがきています。教える先生もその世界しか知らない人が大多数で、大学受験があってと道は険しです。

やっぱり日本語を使わないのは工夫と時間が必要なので、普段すごい量のテスト範囲をこなさないといけなかった今年度は、前倒しで試験範囲を終えられた時しかできませんでした。

でも反応がまるで違いました。まず手をあげないでポンポン答えが出たりしました。

しかも、とっても楽しそう。英語を使う楽しみを覚えてね。

今日本の学校現場で英語で授業をしている先生は公立では30%ぐらいだと聞きました。これも高校になるとぐっと率が減ります。特別なカリキュラムとか、卓越した超進学校以外の私立での割合はもっと低かったりします。

ペアワークやグループにしたり、リズムをつけてやるのですが、指示を英語にするだけでも随分違うと思いました。こちらが英語の指示をマシンガンの様にするだけでなく、彼らからどれだけ英語で英語を引き出すか。これからの課題でもあるなと思いました。

 私が今教えている上層部の生徒たちはものすごく勉強します。国公立を目指す子が多い。文法や語法の問題集が試験範囲になっていて、そこの部分はかなりの割合で満点を取ってきます。下の層の子たちもそこがテストの得点源となっているのが実情。

で、自由に英語を書かすと「こんなにむずかしい文法問題解けるのに、なんで英語はちんぷんかんぷんなんだ?」となります。これは私も含めて(汗)大人の英語でも同じだと思うので書いてみるとにしました。

例えば、4択で答えを選べても、その文法語法を使って英語で言えたり、書けたりできているか?

そこまでできないから、困っているのだと思います。

小説を読んだり、聴いていて、話に乗ってくると映像が動き出すとよく書くのですが、その時に、背後で起こっている、文法や語法の動きは頭の中から消え去っています。ドラマや映画でもあるがままを受け取る感覚が強いです。セリフをきいて、直接ぞわっとする感覚が増えると楽しみも増します。

「ここで分詞構文を使ってますなあ。あ、倒置が起きている。ここはafraid of~ingじゃなくて、afraid to doを使うんやな。あ、SVOCだねえ」なんて思いながら読むと小説の場合は特に日が暮れちゃいますよね。

でも話すとき、特に書くときに、これが無意識で出てきてくれないとほんとに大変なんですが、母国語でないので、意識しながらじゃないと書いたり話したりいきなりできません。

日本でいわゆる上級者?と呼ばれる人であっても、帰国子女や長年海外にいないで、上級という場合、英語でいいながら文法をチェックしながら、もしくは間違えに気が付いて直しながら話すというのはよくおこっているのではないかと思います。私は自分が上級とは思っていないですが、(中級の上位にはいてほしいですが。)→追記:私が中級者だというのはダメだと怒られたので(笑)じゃあ、上級者の一番下と書いときます。日本で英語で話していると頭の中でそれが起こるような気がします。周りに日本語を話す人がいない状況とか、海外に行くと、そこまで気にしなくなる自分も発見します。私がちょっと間違えてても、意味がわかってると話がすすんじゃうし、誰もいちいち直してくれませんしね。

 私は英検の語彙問題以外でテストで文法などの4択問題を解くのは生徒のテストに付き合うぐらいしかななくなって久しいのですが、(たまに受ける英検もIELTSもないので)

例えば英検1級の語彙問題ばかりをやるばかりでなく。実際に文章で読んで、使われているのを聴いて体感すると随分違うのです。「こうやって使われているのだなあ」と一度実感するだけで定着度がぐっと上がるのです。単語は意味が一つじゃないですしね。深さが出ます。

最近思うのは、

ひたすら問題を解き続けて答えがわかるのではなく、

答もなくて、英語で正しく表現できることが大事なのではないかなあと思うに至っています。

答を選ぶシチュエーション、特に文法や語法を選ぶ状況は現実ではありえない。そうではなくて、その当てはまった答えを含めたフレーズをセットで言えて、書けてなんぼ。

じゃあ、答えを永遠に選び続けていて、英語ができるようになるのか?

 

 という疑問が自分の中にふつふつわいている今日この頃です。

使わないと意味ない。4択問題に正解した後、そのフレーズが使えるもの(使えないものも多いですよねえ。学校の教科書はほんとは要注意なのです。いや問題集や参考書もですが)は使って覚えていくことが大事じゃないかと思います。

私は先生なので、生徒が「先生なんでこれはこの答えになるの?」という問いに瞬時に答えないといけない。だからEXなどの問題集を年に1回ぐらいやって理由を明確にしながら解きはしますが、それは英語の文法が説明できるためであって、

 英語ができるのではなくて、テストができるようになるためだと気が付きました。それはそれで強い動機づけになるのもわかっていますが。

 最近は入試も自分の意見を書くという問題が増えていて、受験生を抱えてないはずの私も3年生に頼まれて英作文を見る羽目になっています。選択肢えらぶだけで英語ができる(実際はテストができるですが)時代は終わりつつあるんだなとよく思います。

 ここでもよく紹介する

よくばり英作文―生きた重要文例418で未来を拓け! (駿台受験シリーズ)

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必携英語表現集

必携英語表現集

 

 これらはまさにこの「4択」の罠から抜け出そうというコンセプトでつくられているものだと思います。(おそらく竹岡先生は4択問題の問題集をあまり出してなかったと思います。少なくても扱っている教科書ではないです)あ、まわしものでもなんでもないです。今は生徒とはこれ使ってませんしね。瞬間英作文でもなんでもいいと思います。

これにしても、何にしてもまずは暗記しても、そこから自分で自由自在に自分で英語が出てこないと意味がない。私は英語表現の授業でもテキストは違えど、それを口を酸っぱくして生徒に言います。暗記は彼らは大得意だけど、英語が話せない、書けないですからね。暗記を超えろといつも力説します。

 場末でひそやかにこんなことばっかり書いて久しいですね。みなさんはどう思いますか?

まだ4択問題ばっかり解きますか?

その時間を少しは書いたり、話したりする時間にあててあげたら、光が見えるかも。

最初は真似っ子でも、最後は自分の言葉にすることを意識してね。

英語ができるって何だろう?とずっと思い続けて、これからも思い続ける私です。

言えることは、

誰でも、どんな形でも英語していい。優等生じゃなくたって誰もがやっていいということです。

テストでないところで英語の楽しみを見つけられたら、続けるのは楽勝だったりします。根性いらなくなるしなあ。

今年受け持った生徒がたった一人でもそれに気が付いて、入試を超えて英語が好きになってくれたらいいなと思いながら教鞭に立つ日々です。

ああ、ふと思いついてまた書いてしまった。仕事に戻ります~。

読んでいただきありがとうございました。

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