論理力?

今日もお越しいただきありがとうございます。ばたばたしてるとなかなか更新できませんね。くすん。

いつも拍手にコメントありがとうございます。いろいろ助けてくださる方々、感謝です。

先週、スカイプお話会でお話させた頂いた方々。ありがとうございました。もう少しタイミングを考えて春休みとかにすればよかったかなあとも思ったんですが、ちょっと時間が空いたのでついね。どんくさいのもありますが、忙しいのが当たり前になってしまっていてなんかマヒした状態です(笑)なんとかご質問にいろいろがんばってお答えしたつもりです。少しでもお役に立っていればいいのですが。

その他にも「今回は無理でしたが、お話したかった」と書いてくださる方もいらっしゃって。うれしいです。ありがとうございます。

私もいろんな視点を教えていただいて学びがありました。

先週は生徒に「先生、英検の面接のコツを教えてほしい」とけっこう聞かれました。面接自体はネイティブスピーカーの先生が一手に引き受けてくれていたので、私は指南役。ネイティブスピーカーの先生と話していて二人で面白いことに気が付きました。

私が、「英検って上の級になるとちょっと小難しい社会的なことに対して賛成、反対と自分の意見をはっきりさせて理由を言わないといけないんだけど、普段日本語でもそんな会話しないから辛いんだよね」というと、

「自分たちは小さいころから意見をいわないといけないように教育を受けているから、その感覚はない。話をしているとつねに反論された時のカンターアタックを考えながら話してる自分がいるんだよね。ずっとわかっていたんだけど、日本人の英語はかなり脈絡がないことが多い」この話はいろんなネイティブスピーカーの人からよく聞いてました。「大人の日本人にも突然違うこときかれてびっくりする」と言われたこともあります。ごめんよ。

やっぱ母国語の論理性の問題が影響しているのではないかということに落ち着きました。日本語の世界では、私たちは「考える」「論理を展開する」訓練を母国語で受けていない。小さなころから自分の意見を言う環境があまりなくて、空気読むみたいなあうんの呼吸みたいな文化で育った私たちとは全然ちがうのだなあと思います。

英語で話をしているときに「この人ももしかして怒ってる?」と思っても、あとでケロッとしてる場面に何度も遭遇してきました。自分の意見をはっきりと言わないといけないと思っているだけで、感情に任せていっているわけではない。(のはず(笑))

日本語だと、なんだか情みたいなものが挟まってしまう感覚があります。日本語の考えをそのまま英語に移すと通じないことが多いのですが。そこを埋めないといけないのが辛いですよね。日本人の言っていることは、質問もしにくいのではなかろうかと思いました。意見を言っているようで言っていない言い方ができてしまうから。それと本音と建前が違うことも多い。感情の層が多い感じで、直接本音が言えないともいえるかも。

自分が英語を話しているときによく思うのですが、こんなええ加減な私でも、どうも違う人間がいる感覚がある時があります。英語の方がもっとはっきりものが言える。声の出し方や、音の高低も違うのでよけいです。日本語を話している時に、ネイティブスピーカーに「別人みたいにきこえる」と言われたこともあると書いた覚えもあります。言語で性格が変わるってへんかもしれませんが、言語自体に性質があるような気がします。日本語をそのまま当てはめると通じないというのも一つにはその違いもあると思います。

たとえば「めんどくさい」という言葉(自分の気持ちを表す意味で)は英語では言わないほうがいいとされる言い方なので、一応ないみたいです。概念として持たないほうがよいということだそうです。甘えが許されないといったほうがいいでしょうか。あ、俗語ではあります(笑)映画やドラマ見てるとしょっちゅう出てきます。そういうの覚えると耳につきますねえ。

ということは、普段から論理的に考える癖をつけたほうが英語にはいい影響があるということですね。昔、子供とこういう本をやろうと一生懸命になってた時期もあります。
とっくに気が付いている人も多いってことですね。

伝える力や日本語力もつけたくてやり始めたブログですが、今だ日本語も英語も発展途上だと思っています。

なので、今日も歩き続ける日々です。

あと少しで授業も終わりです。今は試験前の仕上げをしています。生徒の一生懸命にとりくむ真剣なまなざしが好き。

読んでいただきありがとうございました。

いい一日をお過ごしください。

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