先生の心得?

今日もお越しいただきありがとうございます。昨日は仕事を済ませて家に帰ったらもう晩ご飯時で、自分の英語が全然できないままにバタンキューと寝てしまいました。寝坊なのだ。で、今日も今から自分の英語はできません(涙)

持って帰った仕事をしないといけません。それをしようと思ったら、自分のない知識を総動員して調べながらしないといけません。ああ、自分の英語力がもっとあれば・・・。とびびってたら、夫が「とにかく辞書調べて始めなさい。案ずるがよりも産むがやすし。普段ベラベラ英語話してるのに、びびるな」と一言。でも、私の英語はええ加減派なのだ(涙)そう、夫は添削は慣れっこ。

今から教えている項目を深く文法書と辞書とネットを使いながら整理してとりかかりたいと思います。自分でも英語話したり、書いたりしていて、間違いのない、こなれた英文なんてかけない。でも与えられた試練はチャンスでもあるので、がんばりたいと思います。

生徒に「去年の先生と先生は違う」と言われました。おもろ系はまあ歓迎されてるようです。その去年の先生の姿は今ありません(汗)私に今の学校で来年があるのかどうかはわかりません(笑)毎年同じですが、とにかく1年ベストを尽くすのみ。

家には受験生専門に近い夫がいます。担当すると生徒が喜ぶ先生である夫。教え子が何人も夫に影響を受けて教師になったり、目指したり。でもそこで、私の夫が手取り足取り、20年以上のキャリアを1日で伝授してくれるかというと、そうではありません。

「自分で得るもの」。もちろん質問をすれば教えてくれますが、「てっとりばやく、コツを教えてくれ」は無理。やっぱり自分の中で咀嚼しながらやっていくしかありません。

ブログをしていると、よく質問をされて、可能な限りお答えしたつもりでも、きかれた本人にとっては欲しい答えでなかったということもあるようです。それは仕方ないですからね。答えていても読まれてなかったりも(笑)あとで反応がない場合もありますから。

でも、その気持ちは私がベテランの夫に「とにかく持ちうるテクニックをすぐに伝授してくれ!」と同じ。私も皆さんと同じです。

読む側にとっては得なことがなければ読まないというのも、読んでる立場に立つとよくわかります。勉強したくてそれを模索しにやってきたり、自分を鼓舞するために、ほかの誰かがどこまで進んでいるのか、どういうやり方をしているのかを知りたいですからね。時には悔しく思ったり、自分を情けなく思ったり。私もそういうことはあります。
いやしょっちゅう(笑)

私のブログを読んで「あ、私の方が英語ができるし」と思ってる方だってたくさんいらっしゃると思います。ホンマに(笑)でもそれは読み手の自由ですからねえ。逆のこともたまにはありますが、それは自分ができるからという慢心として思うではなく、自分の努力を認めたもらえたと喜んでいます。

そりゃ読んで、自分の英語が伸びたり、教え方の参考になったりしたいですからね。それもお金をできるだけかけずに(笑)その気持ちは痛いほどわかります。ブログがお金に繋がったりもする時代ですからね。

私は15年以上英語教師生活を続けているので、どうしても伝えるときに「どうやったら、わかりやすく伝えられるか」と教えるような形を知らず知らずのうちにブログ上でもとっているかもしれません。それが偉そうに伝わらないことを願っているのですが。今、自分で15年と書いてビビっています。その割に・・・(汗)

先ほど書いた慢心という言葉から思うのですが、今までいろんな学校でいろんな先生に出会いました。夫を通していろんな先生の話を聞いたりもします。また、職場の熱心な先生から、メディアにたくさん出てくる先生の勉強会で直接教えてもらった話とか。

私も職場で教科書を執筆されていたり、たくさんの受験生が持っている辞書の編集に名を連ねていらっしゃる先生や研究発表をされているような先生方もいらっしゃいました。

そこからなんとなく見えてくる「先生像」。

つねに努力を重ねている姿です。年齢に関係なく、英語の研鑽を積み、出身大学に関係なく、すさまじい努力を重ねていく。先生の中で伝説化されている先生でも、名前も知られていない高校を卒業して大学に進み、コツコツを勉強を重ねて伝説になった方の話も聞きました。

それは「自分は英語ができるから」という目線ではないということです。
もちろん教師には持ちうる限りの英語力は必要です。自信も(私はそこが欠落しています(笑))

でも、それだけではいい先生にはなれない。テストでいい点数や、最高の資格を取れる人は先生じゃなくてもごろごろいますからね。海外に住んでいて、英語ネイティブみたいな人もごろごろいますからね。それならその人たちが最高の先生であるか?

先生をするにはその視点が大事じゃないかなといつも思います。主人公は「英語ができる自分」ではなくて、「生徒」だと私はよく思います。生徒の立場に立つこと。自分が受けてみたい、受けてみたかった授業を実現すること。それには見えない努力が必要だなと日々思います。それはいくつになっても。

とまあ、思いを連ねてみました。これは自分へのそして同じ先生、また先生を目指されている方々へのエールでもあります。(けっこうたくさんいらっしゃいますよね?)一人でもいいから思いが届くといいのですが。

いや、こういいながらも自分の英語の勉強ができないと嘆いてしまうまだまだな私です。

読んでくださる方がブログに来て何を求めているか、ブログで自分が何を求めているか。

そのバランスを取りながらも、細々続けていきたいなと思っています。やっぱ地道で地味なブログが好き

読んでいただきありがとうございました。
うだうだ書いてないで仕事します。あ、子供を送らなきゃ(涙)

お返事できない非公開としてコメント欄をつけさしていただいています。カウントは常に(0)ですが、ちゃんと届いています。いただいたコメントはいつも感謝と共に大事に読ませていただいています。ご了承ください。