発音信仰

お越しいただきありがとうございます。朝雪が降っていてびっくり。がくがくぶるぶる。
今日は朝から夜まで出ずっぱりなので、昨日の続きUPしまーす。

「発音」に関して私は「見守り会員であって会員じゃない」という理由を書きたいなと思います。

巷の「発音信仰」にびっくりしているからです。こうやっていうと、「angelさんはそこそこ英語が英語っぽく聞こえるからそんなこと言えるんだ。」とか言われるかもしれませんが、実際に私の英語聞いたことがないからですよねえ(笑)たいしたことないです。アメリカ在住何年とかでもないですしね。発音を気にせず発話している勢いだけです。英語だって間違いだらけ(笑)

それは、英語を話すいろんな国の人と話した経験から身をもって感じてきたからです。英語ネイティブでも全然違って聞こえるし、この前あげたスコットランド訛りはもう「これ英語?」なんて思いますしね。イギリスは方言が多くて、電車でちょっと違う町に行くと、聞こえてくる英語が全然ちがったりします(笑)こっちの英語は通じても向こうの言ってることがわかんなかったりして大笑い。おもしろいです。

アメリカも広いので英語が全然違います。これも書いたことがありますが、南部のアメリカ人のお家に泊まった時に、友人のお母さんの英語が南部訛りで聞き取れなくて、友人が英語で英語を通訳してくれました。なんのこっちゃ。

英語ネイティブじゃなくてもアラブの人はアラビア語の訛りを引きづりながら堂々と英語話すし。昔ボランティアで通訳したときに「アラビア語に比べたら英語は簡単だよ。」と確かパレスチナの人が言っていました。インドの人の英語もまた違いますよね。英語ネイティブの人は「インド人の英語は特有」と言っているのをきいたこともあります。でも堂々と議論できるぐらいすごいです。いろんな国の方々のボランティア通訳やった時ですが、当時英検1級なんてほど遠い英語力でも「君の英語はわかりやすい。」と言ってもらえてうれしかったのを覚えています。

ネイティブじゃなくて、英語がうまいと有名なのはスカンジナビアの方々。イギリス人が「私たちより正確な英語を話す」と言っているのを聞いたことがあります。ドイツの方々もうまいんですよね。ヨーロッパの人は共通するものが多いので英語が楽ですね。小学校から英語の授業があります。スカンジナビアの言語も難しいからきっと英語は簡単に感じてるんでしょうね。語学留学した時にイタリア人のジャーナリストの人がいたんですが、(イタリアからベンツのオープンカーで大陸横断してやってきた伊達な人でした。)話すのはもう間違いを気にせず、発音もイタリア語みたい(笑)でも新聞をスラスラ読んでいるので、「どうしてそんなによく読めるの?」と聞くと、「だって単語が共通の単語が多いから類推できるんだよ。簡単」と言っていました。よろしいなあ。

旧ロシア系のクラスメイトもやっぱり「ロシア語に比べたら英語は簡単。」とのたまう。その人たちは結局3か国語は話せる。当時自国のことばと、ロシア語は必須。隣の国同士のクラスメイトとはロシア語で話してました。私のホストファミリー宅にご飯食べに来て、ホストマザーが「あなた方の英語は完璧!」とべた褒めしてました。ごめんよ完璧な英語話せない日本人だったんですよね私(笑)

皆その国のお国訛りを背負って英語話してます。ロシア語なまりもフランス語訛りもありますよね。舌回りすぎたり、Hの発音がやたら抜けたり(お、トリビアですが、昔のイギリス人のおばあちゃまは時々Hotelを「オテール」と言ったりするそうです。グラマースクールでそう習ったと聞きました。)

何度も何度も書いていて本当に恐縮なのですが、「話す中身」が大事なのであって、話し方はその次じゃあなかなといつも思います。日本にいると「アメリカ人みたいに話す」人がやけに重要視されたり、「クイーンズイングリッシュがいい」とか(イギリス英語は実はすごくバラエティ)またはそのように話すご自身がすごくそれをすごいことだと思っていたり。

オンライン英会話でフィリピンの先生と英会話をしていると、「アメリカではこうやって発音する。」と強調したり。うーん。フィリピンの人も独特の話し方してますがね。その中に垣間見える「アメリカ英語みたいじゃないとダメ」という日本とよく似た信仰に近いものを感じるときもあります。日本の学校教育の教材はほとんどがアメリカ英語を基準としていますしね。

その国のお国訛りをそんなに「恥ずかしい」とこんなに強調して思うのは日本人ぐらいじゃないかなあと思ったりもするんですが、まあ勝手に推測しているだけなので、お許しください。日本語は母音が少ない分仕方ないじゃんと私は割り切ってます。そりゃ単語で意味が変わってしまうこともあるから、恥もかくかもしれないけど、それが致命傷となることなんてあるんでしょうかね。私はいままであんまりないです。直してもらえるし。シンガポールの人だって、シンガリッシュだし、中国人の人だって母音が多すぎる故?なのか、やっぱりお国訛りはありますよね。英語はいまや英語ネイティブだけのものじゃないのが現実。

発音より問題なのは「発音がうまくないから」と自信無げに話すこともあるのではないのでしょうか?日本語訛りでも堂々と話している人に向かってネイティブが「あなたの発音はネイティブみたいじゃないからダメ」なんて言うか?言わないですね。中身があるかで判断してます。堂々と自信を持って話すことが大事なような気がします。それがたとえ文法が間違っていたとしても。流暢な英語は最初の突破口なだけで、あとは商談でもなんでも言いたいことが言えなければ意味がない。

これは発音の問題ではなく、「文化」の問題なんじゃないか?と思うこともしばしば。

ネイティブみたいになるという信仰はすてて、「なんちゃって流暢」でいいんだと思うのですが。ダメ?そんなことで人を判断する人のほうがおかしいと思うのですが。ダメ?日本人はそういう発想が多い。「こうじゃないとダメ」という縛りで学校生活を営んできた結果ですね。学校で教鞭をとっておいて言うのはなんですが、「ちょっと窮屈」と思うことしばしば。点数で人を判断せずにもっとのびのびとすればいいのにいつも思います。ジャッジするのは仕方ないけどつらいです。せめて間違えた時には、「よく間違えた!それでもう忘れない。間違えていいんだよ。覚えなおせばいいからね。」という言葉が決め台詞の私です。

まあそんな社会で育っているし、また数字で判断されてきた私たちなので仕方ないと言えば仕方ないですが、大人でもその意識が染みついてしまっています。「彼はTOEICTOEFL、IELTSの点数が何点だから。」と英語ネイティブがそれを日本人と同じ感覚で理解しているでしょうか?それを物差しに相手の英語力を見ているか?いえ、話して判断しています。英検1級なんて日本にいるネイティブスピーカーだって知らない人多いですよ。どのテストも英語力全般をはかることはできないと思います。あくまで橋渡し。その意識が抜ければもっと世界がひろくなると思うんですが。

私が今まで英語で話していて「英語が上手ですね。」という褒め言葉以上にうれしかったし、こちらのセリフの方が実際に多い。それは、

’I like your way of thinking.’という言葉です。

中身が大事。
英語でも日本語でも会話はその人の人となりを投影するものですからね。

たとえ英語がつたなくても、思いやりは伝わります。英語が話せなくてもそのさりげない態度に外国人が尊敬してしまう、そんなシーンを何度も見たことがあります。

たとえ英語が上手でもおごりや欺瞞は伝わります。

ご自身の英語にもっと自信持っていいんですよ。大丈夫。
英語しか話せない人も多いんですから(笑)