ホストファミリー最後の日

NZから日本にはじめてやってきたお客さんが旅立つのは結局私達家族の連休最後の夜。この連休はホストファミリーに始まり、終わりを告げました。

旅立ちの当日。私は午前中仕事が入っていたので、用意していると、いちばんおそくにゆっくりおきてきた彼。
前の日のうどんのたべすぎがたたったのか、朝ごはんもあまりのどが通らないよう。

「本当に九州までいける?大丈夫?救急病院に行ったほうがいいんじゃないの?連れて行こうか?」

「そうしたいけど、病院に行っていたら、九州行きの船には乗れないかもしれない。友人と約束の時間に間に合わなくなるから、福岡でつらくなったらいくことにする。」

最初は別府からのルートで温泉を楽しみながら福岡まで行く予定だったんですが、一日伸びたので、体力のことを考えて、すこしでも近い門司に目的地を変更しました。それでも電車で2時間かかるので、自転車だと半日以上はかかるとおもわれます。自転車は折りたたみタイプではないので、電車は使えない。夫と2人でJRに電話して確認したけど、無理でした。これは新幹線でも同じで、折りたたみで携帯用のバッグに入っていないと持ち込みはできません。なるほど~。

私が仕事から午後に急いで帰ってくると、パパはお昼の買出しにでていてくれて、我が娘がソファーでねそべって読書をしている。ん?彼はどこに?部屋で寝ているのか?

いや、よく見るとソファーのまえのテーブルの下ぐらいでねていた・・・。

帰宅した私に気がついて目がさめたようですが、またそのまま寝ていました。
いや、夕方の出発までゆっくり体力温存しといてね。大丈夫かいな。
質問責めにもあわなくなってきたということは、相当元気がないのね。

夫も帰ってきて、食べやすいものをとうどんとラーメンを作ってみる。本当は前日の晩にまだ食べたことのないお好み焼きをランチで作ってあげようと用意していたんですが、ノーサンキュー状態だったので、急遽予定を変更してパパにスーパーに走ってもらいました。

ラーメンを選んで箸をすこしつけただけで、あまり食べなかった。hindsightですが、こういう時はソーメンでもよかったかも?しかし、麺のオンパレード。

そう、私がまともに作った晩ご飯は「しゃぶしゃぶ」のみ。

夕方まではまたまたゆっくりしました。パパと彼は野球を見ながら、彼はソファに横たわって、野球をみたり居眠りしたり。

110505_1942~01夜の8時のフェリーに間に合うように6時ぐらいに家を出て港に向かいました。フェリー乗り場で自転車をふたたび組み立てて、荷物を自転車にセット。そのコンパクトさにびっくりしました。これで大陸横断をいくつか経てきたんですね。あたらしいテントも荷台にセット。そう、実は彼は仕事をやめて1年かけてアメリカ横断したあと、イギリス経由でインドスリランカに4ヶ月あまり過ごして日本にやってきたのです。だから5月末に帰国するまでこのスタイルで1年過ごしたということです。す、すごい!しかし、日本と違って仕事をやめて1年ブランクがあっても、仕事はすぐ見つかるそうです。知的レベルが高いのもあるかもしれませんが、彼曰く、「世界を自転車で旅してきたことがすごく評価されて、かえって仕事が来る」そうです。日本と全くちがいます。人物を買われるそう。

自転車を船の駐輪場にとめてからデッキにでてきてくれました。

「困ったら、いつでも連絡するんだよ。日本の家族だとおもってね。私達はいつでもあなたのこと考えてるからね。」というと、

「君達がいなかったら、きっとここまでできなかったと思う。ありがとう。今度NZに来たら、英語の本をたくさんあげるね。」と娘に約束。

船を見送って、なんとなく穴が開いた気持ちで帰りに夕飯を済ませて帰宅するともう夜の10時。
そこから子どもを寝かせて、明日の仕事の準備をしてお風呂に入って寝ました。

彼は知的で物静かなひとだったけど、それでもなんだか5日もいたので、いるのが当たり前の感じなので、家族みんなさみしい気分でした。今頃は無事九州で友人と再開できていることを祈っています。ついたら友人宅からメールするといってたけど、まだメールがない。たどり着いたんかいな。心配。

ホストファミリーを終えて思うのは、毎回お客さんが来て滞在している時は、やっぱり通常通りにはいきません。
仕事がなるべく入っていない時期にきてもらっているし、自分の時間はほとんどない。ベッドの寝心地はどうかなあ。枕は会うかなあ。とかあんまり寝てないんじゃない?とか、もしかしてなんか気に召さないことがあるけど我慢してるんじゃない?いろいろ、ネガティブにも考えないわけでもありません。

他人が家に滞在する、しかも文化の違う国の人。

例えば、いままでも靴を履いてから、「あ、忘れ物した。」と言って、靴を履いたまま部屋に入って行ってしまったり、ベランダに裸足で平気で出てそのまま部屋に入ってきたり。それもでも玄関で一応は靴を脱いで行動しているだけでも彼らにとってはすごい譲歩。だから目をつぶります。そんなちょっとした異文化体験がたくさん。それを受け入れることができるか、いや、全部できなくても、お互いに妥協しながら過ごす。そしていつしか、お互いの文化を尊重する。私達が海外に行った時も同じことが起きます。

そんな経験はきっとじぶんの人生にプラスにはたらいているんだなあとつくづく思います。

言葉ができれば意思の疎通が図れるので確かにストレスは少ない。でもただ英語ができるだけではつかめない何かが存在すると思います。言葉ができなくても信じあえる何か。それが大切です。それはユニバーサルであると信じたい。英語がいくらペラペラでもそれがなければ意味がない。「心」がなければ、コミュニケーションは成り立ちません。

いままでも来日して我が家がはじめての日本で、いろいろストレスをためた外国人の友人が、何ヶ月がたってからこう言ってくれました。

「あなたの家に滞在しているときには気がつかなかくて、ストレスがたまったこともあったけど、あれからいろいろ日本を体験して、すごくよくしてくれていたことに今気がついたの。本当に感謝している。あなたがいなかったら、今の私はない。」と言ってくれました。

見返りを期待せず、やってきてよかったと思える一瞬です。こうやって「日本大好き」な人が世界に1人増えていく。そしてそれを通して自分の「寛容さ」や「あたたかさ」をもっと育てていけたらいいと思っています。英語を通して自分育ての旅ですね。

今日も来ていただきありがとうございました。
よい週末をお迎えください。

追記:ブログを更新したあと、彼から無事着いたとメールがありました。一安心。しかし、福岡でおいしい魚料理を食べさせてもらったら、また胃がおかしくなって、明日病院にいくそうです。大丈夫かなあもう。