「あきらめる」ところを変えてみる

今日もお越しいただきありがとうございます。最後に追記をかきました。

このところ一見さんも増えてきているような。主には英検1級が多いのだろうけど、いろんな方がいろんなことを求めていらっしゃいます。

語学の学習はすごく主観的だなと思う今日この頃ですが、ふと思ったことがありました。

たとえば、英語を聴いていて、

「なんでこれが1回で聞き取れないんだろう」「テストの点が伸びないんだろう」「なんか言いたいことがわかっているようなわかっていないような」「もやもやするなあ」といろんな言い方があります。

ただ、聞き流ししてるだけじゃあ英語はきけない。それも一理あります。

でも、聞き流しすらしなかったら聞けるようにはなりません。聞き流ししかできない状況しか作り出せない人だっていますしね。

言語学的な、学術的な、脳科学的な観点からとか言って効率もつい求める気持ちもわからないでもない。

どっちにしても大事なことがあります。

とにかく着手しないと。壁を超えるには覚悟を決めてやり続けることです。

結果は自分の思ったようにでません。きっぱり(笑)だって、自分たちの日常の上にやってるんですからね。働かずに、自分ためのだけに時間を費やせる人なんてそうはいません。最近は学生さんだって忙しいですからね。あ、どちらにしても親指の運動の時間を減らせば少し時間は確保できまっせ。

そうやって自分に言い聞かせてもいます。

私は毎日英語のニュースを聞いています。だいたい2時間前後を費やしています。audiobookも聴くので英語を聴くのは毎日最低でも3時間ぐらい。あ、ながらですがね。主婦なので台所で聴くことも多いです。映画やドラマが見れるチャンスがあれば、日本語を介さず見ています。音読をしたりシャドウイングの時間を含めると英語を聴いているのは日本語をきくより多いかも。

そんな生活をもう何年も続けています。それでも「ええ?なんて?わからんでー」ともちろんなります。100%わかっていません。

要領が悪いと思われてももうおばちゃんなので、平気なんですが、続けていてわかったことがあります。

例えばニュースを聞いていて、わからないことがあってもフツーにきいています。全部は無理ですが、podcastのニュースは2回聴くことが多いので、2回目で「ああそういうことだったんだ」となったり。何回聞いても「うーん」となったり。なんとなくわかってて、細部がわかりにくかったり。

でも、それを毎日つづけて、大量に聞いていて、

そこを「わからないから、自分のレベルじゃない」と聴くこと自体をあきらめるのではなく、ぐっとこらえて、聴き続けることを選んで数年です。

わからないものも含めて聴く。わかることから類推したり、徐々にわかるようになったり。

聴くことをあきらめるのではなくて、じぶんの「わからない」をあきらめてしまう。ちょっと変ですね。

わからなくても、ぐっとこらえていると、ほんとにほんとに徐々になんとなく感がついてきているのではないか。と思うのです。それはほんとに亀さん方式。テスト対策とは全く正反対かも。

それを嫌う人がすごく多くて、頭の中で全部日本語にできないとだめ、みたいなことを言われたことがあります。

でも、自分が映画やドラマを見たり、映像なしで聴いたりすると、その膨大な慣れが生きているということも実感します。

根気がいることだと思うのではなく、日常にしてしまったがゆえの慣れ。

わからないなと思うことをあきらめてしまう。とにかく聴き続ける。わからないことにストレスを感じずに、そのまま受け止めるとでもいえばいいでしょうか。

毎日聴いているニュース、日本語で聴いたとしても情報を聞き落とすことってあります。だから、1回で聴きとらないといけないという強迫観念を持たなくてもいいかなと思うようになってきました。それを毎日強いられるとなかなかできないですよね。毎日の生活はテストをうけているわけじゃない。人生も。

その蓄積も大事じゃないかなとふと思いました。

テストも近いのにこんな遠回りなやり方書いてもと言われそうですが、

ドラマやニュースがわかれば、テストの英語はすごく機械的なので、あとは戦略を練ればいいですからね。常に書くようにテストにはテスト対策が一番効きます。テスト直前は過去問や類似問題が生きると思います。

テストの先をちょっと眺めようとすることも大事かなと思いました。テストで点が取れてもドラマやニュースがわからないなんて話を結構耳にしますしね。楽しくやって、たまにはちょっと苦しいを挟む。そしてその苦しい時、ことをあきらめて受け入れちゃう。

そこに欲しいものがあるのかもしれません。

「あきらめる」ところを変えるのはこんなところにも応用できますよ。

今テスト勉強をされている方で、英検やTOEICなどの試験を本番の様に「通し」でできないと投げていませんか?あきらめていませんか?

テストをやるのをあきらめるのではなく、通しでやることをあきらめて、コマギレでやれば、やらないよりはましです。ね?自分のできる方法で突っ走て見てください。

それとか、「過去問何度も解いて答え覚えてるから無駄」と思ってませんか?そこでテストをすることをあきらめずに、新しい英文を探し求めることをあきらめて、覚えてる気のする問題を視点を変えてやってみる。例えば、日本語になんとなくでもいいから、訳せますか?スラッシュの語順でもいいので、やってみてください。やろうと思えばいくらでも深さはでます。

案外そんなところで詰まってることって多いはず。

読んでいただきありがとうございました。

また来週も頑張りましょうね!

追記:「わからない」ところ(ambiguity tolerance)に関しての疑問をいただきました。私が今のスタイルで英語を聴き始めたのは、あくまで英検1級に受かってからです。あまりに無理があるところからではないことを書かせていただきます。聞いていて、まったくわかっていないというわけではないんですが、あと少しって感じですかね。その割合は最後の1割ぐらいでしょうか。いや数パーセントの場合もあります。英語によります。これを書いたのは、実際に煮詰まっていた方の力になればと思い書きました。

その数パーセント、1パーセントを上げるのにも、実際には0,1刻みぐらいで壁があるように思いながら続けてきました。徐々に霧が晴れるような感じもありますし、英語を英語で聴いているのかなと思うことも。上になればなるほど勾配がキツイので時間も必要だと、私のような脳味噌にはよけいに必要だと思っています。

誤解を招いていたらすみません。
自分の体験から書いていて、主観的であることはご容赦ください。

お返事できない非公開としてコメント欄をつけさせていただいています。カウントは常に(0)ですが、ちゃんと届いています。いただいたコメントはいつも感謝と共に大事に読ませていただいています。ご了承ください。