本物の英語力って何?

今日もお越しいただきありがとうございます。お元気ですか?

今回出品した本は応募者が今のところいらっしゃいません。2巻というのが痛かったかな?ファンタジーですしね。

春休みなんですが、なんだかバタバタしています。年末から年始にかけてやった断捨離も、学期が終わるころには「ホンマに断捨離したんかいな、あんた」みたいな・・・。「あの書類知らん?」「コードが見つからない」と探し物の旅にでることがしょっちゅう。だからと言って、また断捨離を始めると大変なんですよね。前回は断捨離騒ぎで英検の準備があまりできなくてちょっと点が伸びませんでした。

あれ?昨日ね、何かのせいにしてはいけないと、 テストの点数を見せた子供に言った舌の根も乾かぬうちに・・・。はい言い訳はしません。

できるときにできることを、ベストを尽くします。

春に向けていろんな準備をし始めているんですが、ふと頭をよぎったことが。

「本物の英語力」って何?

世の中で英語といえば、もうTOEICというぐらいたくさんの人が受けてらっしゃいます。私自身はアンチTOEICではないと何度も書いていますが、あの試験を好きかと聞かれると、答えに窮します。解いていて、「これを初級者が解いたら英語嫌いにならないのだろうか?」「最後までできる人が会場に一体何人いるんだろうか」とは思います。 受けたときには終わると何気に会場を見渡すんですが、見る限りあんまり余裕のありそうな人はいないような。TOEFLやIELTSのように受ける層がある程度からだと意味があるけど、あまりに受験者の幅があるのは作る側も難しいだろうなあとも思います。

それに、リスニングの時にすでに疲れて大あくびしながら解くのが常です。ずっと続いてメリハリがつけにくいのもあります。TOEICに限らず、集中力が必要なテストは初級者だけでなく、おばちゃんにも酷だなあというのが正直な感想です。

テストはテストなんですが、テストもいいところがあります。

モチベーションの維持にもってこいですからね。もし学校の定期試験がなかったら、学生に勉強させるのはかなり大変だと思います。最近はバーチャル世界も手伝って、ますます勉強しなくなってきているので、勉強時間を確保させるためにもテストはやっぱり有効。

合否のある英検はスリルとサスペンスももれなくついてきます(笑)

人間たいていは怠惰にできているので、締め切り作らないとお尻に火が付かない。で、必死のパッチでやる火事場の馬鹿力を利用して英語力を上げようという手は悪いこととも思いません。そういう意味では英検のほうが4技能あって、しかも合否つきなので、軍配が上がるとは個人的には思っています。だめな私の底上げをしてくれたなあと感謝の気持ちすらあります。精神的にはスコアのほうが楽。でもそれゆえ特化できない。

で、本物の英語力が英検だとついて、TOEICだとつかない。というのも断定しすぎじゃないかなと思います。それぞれにいいところもあります。どちらも基本ができてない状態で受けるのはかなり危険です。それに、互いにすでに目的がかなり違う方向に行っているような。同じくくりで考えるからダメなのかも。

で、テストを受けないと本物の英語力がつかないか?と聞かれると、それも違いますよね。英語圏で暮らしている人でわざわざテスト受ける人が何人いるのだ?そんな証明よりもその言語で一人前に自立できることの方が大事なような。外国で暮らしても、英語がなかなか上達しない人だっていると思います。帰国子女だってかなり苦労しています。バイリンガル教育はかなり覚悟が必要。それに外国人が家族にいたって、苦労することだってあると思います。

本物の英語力って何なんでしょう?

テストで高得点が取れること?

それでも英語の映画やドラマを完璧にわかる人が一握りなのが現状です。映画やドラマを完璧に見れたら本物の英語力がついたってこと?

難解な専門分野の英語の論文をいとも簡単に読めても、ベストセラーの英語の小説を読めない人だっているはず。逆ももちろんある。じゃあ、どっちも本物の英語力がないってこと?

翻訳家の人はみな英語ペラペラ?

英語学や言語学にたけていても英語話せない先生だっています。本物の英語力がないってこと?

テストなんてテスト、あんなしんどいことして何になる。とテストを否定したい気持ちにもなります。でもたまには自分の立ち位置が知りたくなったりもする。あの人はTOEIC何点、1級持ってると気になったりね。やたらに他人をスコアや級で判断する人になってませんか?持ってなくてもすごい人はたくさんいるんですがね。

目的に沿ってひとつずつやればいいのではないかと思います。矛盾してていいのでは?

いろんなことを敵視すると自分を狭めてしまいます。それは英語に限ったことじゃなくて、いろんなことに応用できますね。

敵視することをやめると視野が広まって、英語力どころか、人間力だってつくのでは?

英語と言ってもたくさんやることはあります。英語と言っていますが、言語はみな同じですね。

私も「英語読書だけでどれだけテストの点がとれるか」とかいろんな実験を繰り返してきました。自分なりのその時の答えと共に今があると思います。

テストを受けもするし、テスト問題も解くし、英語読書もするし、時事英語も読み聞きするし、映画もドラマも字幕なしで見たり、英語字幕つけたりもします。文法だって問題解くし、英語でおしゃべりだってします。

多読もするし、多聴もするし、精読もするし(したいし(笑))、精聴もします(テストは精聴ですよね?)

自分のやり方があなたのやり方。他人のやり方は他人のやり方。それを批判しても

英語力はつきません。

お互いのやり方でそれぞれに力がついているはず。

それに実際にはみなそれぞれの生活を抱えながらやっているので、もちろん全部はできません。

批判する前に

勉強すればいいと思っています。

どんな道もみな目的に向かって続いているのに違いはないはず。

私は私の道を、あなたはあなたの道を。違う道でも

てくてく歩いて行きましょう。

一緒に頑張りましょう。

なんか今日はちょっと支離滅裂ですみません。

読んでいただきありがとうございました。

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