シャーマンポテト

今日もお越しいただきありがとうございます。初心に帰ってコツコツ頑張る私です。というかもともとコツコツ頑張ってるつもりなんですがね。アラフィフの私には、「いろんな英語力」を維持するのはなかなか難しいです。ぜいぜい。

検索ワードを見るのが好きな私なんですが、この間「英語の勉強一日10時間」というのがあって、それはいくら私でも無理だわな、いや何度かやったかな(笑)と思ったら、今度は「6時間」というのがありました。これは平均するとやっています。

大半はながら、隙間です。通勤時間や家事の時間に稼ぎます(笑)

だから机に向かって同じ時間をやっている方々の足元にも及びません。

それでもやらないよりはましです。

毎日来る日も来る日も音読したり、文法の問題に頭悩ませたり、あせったり。何が楽しいのやらと自分でも思ったりもしますよ。ホンマホンマ。

でも、仕事も兼ねてますからね。

英語をやっていて、いまだに「うーん」となる自分がいます。英語と日本語のギャップに悩んだりする。

だからやるしかない。

例えば、分詞を教えていて、その文がSVOCなのか、その分詞が名詞を修飾しているのかとか。そういうのはチャンスがあればネイティブスピーカーにきくのですが、「どちらでも意味は同じ」となります。英語だと日本語の細かいニュアンスが出てこない。ええと瞬間英作文しましょう。



I found my dog sleeping on the sofa.

こういう文です。わたしはもともとええ加減な女なので、自分だけだったら頭の中で、自分の愛犬がソファで丸くなって寝ているシーンを思い浮かべて終わりです。

でも、一応英語の先生なので、

「犬がソファで寝ているのを見つけた」なのか、「ソファで寝ている犬を見つけた」なのか時々問い詰められます。やるな生徒たち。するどくてよいぞ。

普通は文脈で判断すると思うのですが、文法を教えるときは、こうやって一文だけで処理していかないといけない。これ、SVOCでも分詞の後置修飾でも取れそうです。間違ってたらすみません。こういう参考書に載ってるようで載っていないことに対して生徒を納得させてあげないといけない。ネットでもわからないことも多いです。日本語絡んでるので英語で質問できないし。

この間もaとtheの迷宮に入り込んだ生徒を引きずりだすのに苦労しました。いや中学生なのでかなり賢いよあんだ。



それとか、

「財布を家に忘れた」というのは、
I left my purse at home.が普通です。

でも、生徒は ✖I forgot my purse at home. とします。日本語の「忘れた」に引きずられます。

「財布を忘れた」なら、I forgot my purse.と言えます。とネイティブスピーカーに教えてもらいました。




他にも、

「彼女に待たされた」は一見、日本語から受け身なので、みな同様に

I was waited と書き始めてみなおかしくなります。

これは「自分が待っている」状態を「彼女」がした。ので、受け身は英語では使わず、

She kept me wating. とSVOCで分詞を使います。日本語のほうが受け身のとらえ方が変だと思えばそんなに悩まなくなります。同じようなこと過去に書いたような。日本語は主語がないことが多いのでややこしいですしね。



こんな風に毎日とは言いませんが、日本語に引きずられて出てくる間違いをはじめ、なんでいけないかをわかっておかないといけない。

案外簡単なことでも悩むんです。え?悩まない?じゃあスルーしてくださいネ。

こんなのあんまり資格試験と関係ないですよね(笑)こんなの知らなくても受かります。え?そうでもない?いや、受かると思いますよ。知ってても別に何?と言われそうだ。


英語と日本語間で右往左往する自分がいます。

全然関係ないけど、子供が私の作る「ジャーマンポテト」をすぐに「ママの作ったシャーマンポテトおいしかったよ」と言います(汗)

大笑い。わかるけど、ぶれている。でもシャーマンの前後ですぐに「ジャーマンポテト」とわかりますよね。

そのなんとなく感はけっこう大事じゃないかなと私は思います。

例えば、英語で"I forgot my purse at home."と言っても、怪訝な顔なんてされないだろうと想像できます。財布を忘れたと言いたいのだとわかるので、スルーされる。間違ってたって意味通じるってやつです。

私もよく、ドンピシャの単語を言いたくて、音を間違えて言ったりしてよく笑いをとるのですが、相手は何を言いたいかわかってくれます。

それがほぼ完ぺきになるように持っていくのはただただ、経験値を積むこと。疑似でもね。完璧であるべきなんて思わないでいいです。

なんとなくが大量に増えて、なんとなくわかる。実はそうやって人は言語を習得してきたのだということを時々忘れている人いると思います。

私たちは赤ちゃんじゃないので違うアプローチも必要。そんな吸収する脳ももうないですしね。

言語に対しても、そういう寛容さって持ってもいいんじゃないかなと思うことがよくあります。英語の先生なので、テストでは間違いを指摘しないといけないけど、時々、話す言葉まで完璧じゃないとと思ってるひといますからね。

それじゃ伸びないよ。

こんな私がなんで英語の先生してるんだろうとよく思う今日この頃ですが、

それでものそのそと、でも進む自分がいます。

今試験で苦しんでいる方、伸び悩んでいる方。安心してください。

苦しまないで試験に受かる人なんてめったにいません。自分の上のレベルをめざしているんだから当然。私もいまだにのたうち回っております。一緒です。

その苦しいのをこらえると、階段を上がっていた自分に出会えるんです。

私みたいに、何度ものたうち回る必要もないと思いますが、のたうち回ることになれると耐性ができるのも事実です。

今体験しているその過程こそ大事です。

たくさん間違えて、「ああそうか」を重ねてくださいね。

私が生徒によく言う「よく間違えてくれた!今間違えて、あとで得しよう」という言葉を贈りたいです。

今日一人の生徒がボソッと言ってくれました。

「先生のおかげで英語が好きになった」

高校三年生でもまだ始めようとする子もいます。受験にいい加減だった子が態度を変えてくれます。英検に見向きもしなかったのに自分から申し込みに行く子もいます。

彼らの何気ない一言がこうやって私にやる気を与えてくれます。

そしてこれを読んでくださった、誰かたった一人でもいいから、「ちょっとがんばってみようかな」と思っていただけたら、このブログは生きてきます。そして私にやる気を与えてくれるのです。

一緒に頑張りましょう。

だらだらとまた書いてしまった。すみません。金曜日なのでつい、気が緩んでしまった。

読んでいただきありがとうございました。

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