一人夏期講習24日目 お盆

今日もお越しいただきありがとうございます。お元気ですか?一人夏期講習が何日目がよくわからなくなりました。間違えてたような気も。

体調もあまりよくない上に、でも英語の時間だけはなんとか確保しようと頑張ると、ブログが書けなくなります。

それに「こんなこと書いたら」という思いが巡ってしまって。 何書いても結局反論はあるだろうから、好きなこと書けばいいんですがね。確かに言っていただいた通り自分のブログだし。世の中図太くない人だってブログ書いたっていいですからね。

英語ブログと言えば、試験に受かったり、高得点をとってなんぼみたいな風潮の中、一人コツコツ音読中心の読書中心の地味なブログになりつつあります。

それでも更新してなくても読みに来てくれる方もいるんだとちょっとまた書く気になりました。ありがとうございます。

今日はお盆でもあるので、母の運転手も兼ねて、お寺に行ってお経をあげてもらって、お墓参りも済ませてきました。だから英語はいつもよりはできてません。

でもそういうことが大事。父や先祖に感謝の気持ちで祈ってきました。

気持ちがちょっとすっきりしました。

そして、ちょっと本来の自分の立ち位置を思い出しました。

わたしは英語ができないという感覚をつねに持ち合わせています。だから持ち上げられると一瞬はもちろん嬉しいんですが、焦りもします。だって毎日ほんとに一生懸命英語してますもん。

でもだからこそ、いろんな立場の人の気持ちに立ちたくなるのかも。おごる自分もいることは認めても、そうでありたくない自分もいます。

英語ができるようになると、勘違いする人が多いように思います。

英語ができるからエライみたいな。

昔からよく一人でブログで叫んでいるんですが、じゃあ、英語母国語の人は偉いんかいな?

英語が母国語の友人に「あんたはええよねえ。世界でどこでも英語で話そうとするでしょ。みんなが英語できると思ったら、それは間違いやで」とかつて言ったこともあります。実際には英語はほんとに便利ですがね。どこへいっても英語が使えるということで随分助かった経験もあります。

英語ができるから偉いのではなくて、英語に関係なくその人の人格が大事。

英語の発音がどうであれ、間違っていても伝えたい事があることが大事。

英語がすごく上手でも、性格がよくなかったら、結局はね。

今日素敵な人に会いました。とてもやさしくて、ひとなつこい年下の女性。話してて、本当にあったかい人なんだなあと気持ちよくなりました。

その人は、いとこを亡くしていて、そのいとこには小さな子供が二人いました。ご自身の子供もいるんですが、いとこの子供たちにはもう祖父母しか頼る人がいない。その女性はいとこのその子供たちの学校の入学式や、参観、そして面談もおばあちゃん(その人のおば)にかわって、または一緒に毎回行くそうです。もちろんお母さんのいない子供たちがその人を慕わないわけがありません。お母さんに一番近い存在。

その話は本人から聞いたものではないんですが、にじみ出るやさしさ、明るさにちょっと感動しちゃいました。

その人が英語を話せなくても、きっと英語の世界でも好かれるだろうなと想像できます。

比較の対象が間違っているかもしれませんが、言いたいことが伝わるといいです。

英語ができてもできなくても、その人に変わりはない。

英語は誰でもできるものだし、できるできないに優劣はない。

だから、私も「ああ、なんでこんなにどんくさいんだー!自分!」とのたうち回りながらも、

毎日コツコツやってます。

「こんなの簡単」とは決して申しません。できるようになったのは、その努力の結果だけ。でもどんな人だって英語はやっていいんです。できない人なんていなんですよ。

私の場合は、のたうち回るのが多すぎて、自分でもいやになりますが、

それでも歩いています。

さあ、一緒に頑張りましょう。


歩みが止まりそうになったら、

またお墓参りでも行ってきます。いや、またじゃなくて、今度は夫のお墓にいかないと(笑)

読んでいただきありがとうございました。

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