英文法、語法との格闘

今日もお越しいただきありがとうございます。ちょっとブルブル。→多少寒さがましだと言いたい。

「お腹にカイロ貼ってます」と書いたら、とってもいいカイロの使用法を教えていただきました。腹巻みたいなのにはって、お腹だけでなく、時々回してお腹腰にも当てるといいらしいです。なるほど。ありがとうございます。たしかに一箇所だけにカイロをあてていると低温やけどに限りなく近くなってるんじゃないかと思っていました。腰も大事ですもんね。

相変わらず、家に仕事を持って帰って格闘中です。きのう一つ終わってちょっと嬉しいけど、超眠かったです。

毎回何かテストを作成する仕事もあるので、昨日はそれでも忙しかったです。公立高校は普通試験作りや監督の仕事は今は回ってこないです。でも私立はしっかりやらされます。テストの原稿を他の先生に見てもらって訂正して、解答用紙作って、自分で解いて書き込めるスペースがちゃんとあるか確認したり、問題の設問の番号の振り方が間違っていないか確認したり。問題の重複がないかさらにチェックしたり。

間違えると、テストの最中に大量の生徒の質問に合うので、それが恐怖です。「先生、解答用紙に書く欄がない」「番号が違う」「問題がない」等。たまに「これはどういう意味ですか?」と単語の意味を聞いてきたりする不届きものもいますねえ。

とにかく、準備に時間がかかります。印刷やらセットやら、リスニングのテストがあるときは音源をきちんと確認する作業とか。私は要領があまりよくないので、いや悪いので、完璧にするのに時間が必要です。試験中に質問されないとものすごく達成感を感じるんですが、そんな時の方が少なかったりします。あはは。

昨日は夕方から子供のピアノもあったので、もちろん晩ご飯もつくれず外食コースでした。 あ、いつものことか・・・。

授業がないのはちょっと嬉しいのですが、この採点の作業や成績をつける作業は好きじゃないです。虚しささえ感じます。せめて耳だけは英語を聴きながら長時間過ごすしかない。 

授業で教えたり、テストを作ったり、採点したり、英作文を添削するのは、自分の英語力が問われます。常に引き出しの中の知識がすぐに出るように、普段からインプットしてそれを思い出す作業が不可欠です。

英文法、語法をどれだけ知っていて、間違いに気づくことができるか。英文を読んで、おかしい英文を上手に直せるか。知らないことは素通りしてしまうので、たかが学生の英文でも結構骨が折れます。わかってなくて書いてるのに、なんか意味が通りそうな英文があるんですよ。ルールを無視してるので、調べるのに時間がかかったりもします。

ある程度英文法や語法ができるようになってもまだ英文を書くのは難しい。それぐらい日本人には時間が必要なんだなと思うこともあります。でも完璧じゃなくても、やらないと、やり始めないと力はつかないですよ。

教えていて思うのは、以前も書いたように、副詞の最上級にtheの由来なんて、基礎を教えてなかったら気にもとめなかったことです。ほんと基本は大事だなと思います。

他にも、「イギリスの大学で」を英語に直す時に、簡単なんですが、案外悩みます。大人でもそうですよね。知らなければならない知識がないと書けない。前置詞と冠詞に悩みます。

at university in Britain at college in UK とかすっと出てくればいいですが、わらわら出てきますよ。

at a university in Britainとか、 in the college in Britain, at British university,at a briitish college とかね。あげるとキリがないぐらい。最初の前置詞はinなのか、atなのか。大学はatで無冠詞であるという知識が必要。じゃあ冠詞がつくと間違いなのかと言われると、もう「どれでもいいじゃん」という気になりそうになります。そこをどう採点していくかを他の先生と相談しながら「これは許容範囲」「中学生、高校生でここまでかけたらいい」という感じでつけていくんです。

「この動詞は他動詞扱いなら、目的語はものがきて、自動詞扱いなら前置詞がついて人がくる」なんてその都度確認するしかないです。あ、その単語はdiscussですね。そんなのに出会うたびに「ほおお」と自分の引き出しにストックする日々です。思い出せることを願いながら。

先生だって知らないことだらけ。神様じゃないんだから。辞書まるごと全部覚えてるわけじゃないんですから。覚えていても漏れがあるぐらいです。たまに「先生なのにこんなことも知らないの?」というのを目にすると、「はい、すんません」と同時に「全能じゃないで」と思っています。あるブログでそういうのを目にした時に、相手のネイティブスピーカーでない先生を攻めているんですが、そういうご自身の英語も間違っていたりする。でもそれが当たり前なんですよねえ。目くじら立てなくてもいいのになあ。ネイティブスピーカーの英語だってかなり怪しい時だってあるのになあ。ネイティブスピーカーが間違えてもあれほどは反応はしないかなとも思いました。

私の今の職場では、周りの先生に恵まれていて、お互いに知らなかった知識をシェアする雰囲気があります。大学院出て専門に詳しい先生の得意分野を説明してもらったり、私が知ってることを教えてあげたり。だれも「あ、間違った」なんて揚げ足をとるような感じがないのが気に入っています。皆で語法について調べたり、ネイティブスピーカーに聞いてみたり。私の夫もそういう人です。たくさん教えてもくれますが、私のほうが知っていることは謙虚に「ああ、そうか、なるほど、ありがとう」と知識をシェアしています。

そんな中、曖昧さを少しでも減らそうと日々努力しています。でもそれが完成することは永遠にないと思います。

それがお出来になる先生はもちろんいると思います。予備校の先生とかは語法の大家みたいな方いらっしゃますもの。

それもできて、英語でかなり完璧に授業ができるほどの使い手で、英語で議論もできて、英文も完璧にかけて、新聞も、雑誌も、小説も英語でスラスラ読める。英語⇔日本語の転換も完璧。

そんな先生いたら、中学や高校の先生やってないですねえ。私は自分の趣味の英語の小説がもっと速く読めたら嬉しいですが。まわりの英語ネイティブスピーカーでも年間何十冊も小説を読む人あまりお目にかかったことが無いです。物理的に上の条件をクリアできる人はあまりいないということですね。いればカリスマですね。

とにかく日々格闘して、学ぶことが大事かなと思います。私みたいなええかげんでも生徒は信頼してくれて、授業を楽しんでくれる。一人でも英語を好きに、英語を得意になることが出てくれることが一番大事かなと常に思っています。

やっぱり修行か。

それに、何かで見たんですが、学習効果の一番高い方法って何か知っています?頂点に立つやり方。

「人に教える」です。

自分が理解していなことは相手に伝わりません。深さがないとだめ。それを難しくではなくて、相手のわかる言葉で簡単に思わせることが大事です。相手の目線を意識しなければ、自分の知識をひけらかすだけではいい先生とは言えません。

私は教えることを生業としていますが、それにはやっぱり「学び」が一番大事だなとつくづく思います。
だから修行はつづくのだ。

仕事に戻ります~。なんか書き出すとダダっと書くことでてくるんですねえ。不思議。

昨日ふと、前のブログのランキングをたまたま見たんですが、なんだか「業者」が増えたような気がしました。「教室」やご自身の宣伝多いですねえ。アンビシャスな気持ちはまあ大事ですがね。その多さにびっくりしました。そんな中で旧ブログがまだランキング内にいることもちょっと驚きです。過去ログが役に立っているようで何よりです。

スタディプラスはお友達申請が落ち着いて、申請が来なくなりました。それはそれでさみしい気持ちもあるけど、申請してくださった方に感謝の気持ちでいっぱいです。

読んでいただきありがとうございました。
今日も頑張りましょうね!

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