ネイティブ信仰

今日もお越しいただきありがとうございます。

巷で賑わう英語熱。私も熱っぽい一人です。英語教えてるので、そうならざるを得ませんが。発音記号も教えなあきまへん。

でも、よく見かける「発音」に関する意見はちょっと怖いです。
「ネイティブのように話さないと」「アメリカンアクセントを手に入れる」「クイーンズイングリッシュがいい」

私の英語は「angel先生、ブリティッシュアクセントですね。イギリスに留学していたんですか?」とか、「もしかして帰国子女ですか?」とか訊かれはします。オンラインのフィリピンの先生には確実に言われます。アメリカ人やカナダ人やニュージーランド人にまでブリテッシュアクセントだと言われたこともあります。

以前のブログでお友達にならってスピーチを読み上げたものを録音して披露させていただいたこともあります。たまには褒めてもらえることもありました。

でも何度も書くようにイギリスでは「アメリカンアクセントだ」と指摘されてました。日本で働いてる時はアメリカ人とかと接することが多かったからか、聞く英語はアメリカ英語が多かったからだと思います。

イギリス英語っぽい発音を身につけたのは実は日本でです。

でも発音を良くしようと思って手に入れたものではありません。

音読してただけなのは、常連さんはご存知だと思います。イギリス英語を聴いて真似する作業を繰り返して、なんちゃってブリティッシュの英語を話せるようになっただけです。発音矯正なんかも一度もしたことありません。

でも念を押したいのは、自分が完全なブリティッシュアクセントを話してるなんで一度も思ったことはありません。
自分の中では日本語訛りとイギリス訛りの混ざったものだと思って話しています。


そんなことより大事なこと。何度も書いているように「話す中身」です。

それは英語を話していていつも痛感するから。

いったい「ネイティブ発音」を叫ぶ方々はいつも英語を英語ネイティブスピーカーとしているんだろうか?英会話の授業以外に。

たしかに発音はいいほうがいいとは思いますが、発音できないから序列ができたり、コンプレックスを感じるのはなんだか日本独特の「TOEIC○○点ですか!」の匂いを感じます。ましてやほかの人の英語を「日本語英語」というのも悲しい。自分の英語聞いてからそれは言おうよ。

発音はニュートラルにできれば十分通じますし、実は堂々と日本語英語で話していても通じます。
先日それをまたまた確信したことがありました。

BBCニュースでオバマ大統領来日から、日本の外交に対して、日本人の元外交官にインタビューがなされていました。その人の英語を聴いて非常に感銘を受けました。

インタビューを受けれること自体、英語が非常にうまいのは当たり前なんですが、発している単語の発音が時々どう聞いても「カタカナ」英語です。ほんとに。でも中身のある内容をスラスラーっと、時には相手のイギリス人のインタビュアーの質問を軽く笑い飛ばしながら答えられていました。あとで調べたらオックスフォードの修士を持っていらっしゃいました。

こういうのを英語ができるというのであって、発音がいいのは二の次ではないかと思うのです。このインタビューを聴いて、昔ブログで書いた時に引用した、元国連大使の明石氏やニュースキャスターの筑紫さんの英語を思い出しました。

共通するのは「中身のある英語」です。

皆さんはどう思われますか?

私は2年前に結婚式に招待されてイギリスに行ってきました。そこでは娘と以外は英語の世界。しかも披露宴では知らない人同士で座らないといけなかったし、日本人に慣れている人は一人もいませんでした。英語ができて当たり前。

最初は珍しいので、ちやほやされました。「日本からわざわざ来たのね」「英語が上手」とか社交辞令が続きます。私も必死でいろんな質問をしたりしました。でもイギリス人同士の会話は聞き取れないことももちろんありました。話題も共通の新郎新婦以外に共通点がないので、あっという間に尽きてしまい。食事が終わるとみなそれぞれに知り合いのところに去って行きました。娘と私を残して。

もちろんやさしい方がいなかったわけではありません。でもその人も私ばかりの相手をしているわけにも行きませんからね。

泣きそうになりました。惨めでした。(実際にひっそりと泣きました)知り合いがほとんどいないパーティー、しかも全部英語はつらい。

こういう経験は初めてではありません。海外で日本人が一人というツアーで会話から置いてきぼりになったこともあります。そういう時は誰も共通の話題のない日本人の相手なんてしてる暇はありません。自分は楽しみにきているんであって、英会話学校の先生でもないんですからね。

披露宴の半分以上は子供以外と口をきくこともなく、タクシーを呼んでもらって早めに友人の家に戻ってまた一人泣きました。あの時は本当に娘がそばにいてくれたよかったといまだに感謝しています。それを素直に娘に伝えています。辛かったけど、今ではふたりのいい思い出です。「ママ悲しくて泣いてたね」「ママのこと慰めてくれてありがとね」そして、結婚式に呼んでくれた二人は去年我が家に訪ねに来てくれました。終わりよければすべてよしですね。

痛感したのは「中身のある会話の出来る人間になろう。それが日本語であれ、英語であれ」です。

だから、発音がどうのこうのと言われると、申し訳ないんですが、それより前に表現できるすべを手に入れるべきだと思います。それが単語であれ。

本当の英語上級者とは、発音なんて気にしていなんじゃないかと思います。相手と議論できる中身がなければ意味がない。私はそれをこの身で体験しました。

幼少の頃から英語に親しみ発音のきれいな人と発音はダメダメでも語彙が豊富で言うべき言葉を発することの出来る人を比べると、もちろん日本語英語の人にネイティブスピーカーは耳を傾けます。これほんと。

私の職場にカタカナ英語バリバリの先生がいます。でも英語を話す勢いに圧倒されます。素晴らしい。

私は発音がきれいな人よりもそんな人に魅力を感じます。周りの英語ネイティブスピーカーの人もやっぱりそうみたいです。発音が注目されるのは最初だけ。

何も発音を無視しろと言っているわけではないんですが、日本では、どうもみなさんファッションのように発音信仰がはびっこているように思えてなりません。で、そのおっしゃる英語はどこの標準の英語なのだ?英語といえどもいろんな英語があります。ニュースを聞いているとさまざまなアクセント、外国語訛り。みな堂々と英語を話していて、日本人の英語とは雲泥の差。英語の小説の朗読を聞いていても、アクセントを話すことが役柄を表すので重要です。まあ、好きな英語の話し方を目指すことは悪いとは思っていませんが。英語ネイティブというけれど、それが実はスゴク品が無い場合だってあるわけです。世界は広い。

ちなみに「ネイティブ」という言葉を英語を使うときにそのまま使っている人をよく見かけますが、あれは和製英語です。通じません。「なんのネイティブ?」となります。私は同僚に” native English speaker"と直されたことがあります。上のタイトルはわざと変なタイトルにしました。

何度も書くように私たちはnative Japanese speakerであって、native English speakerにはなれません。近づくだけ。高校や大学で留学経験のある人も帰国子女でなければ、発音でわかります。帰国子女の子でさえも日本語の発音がまざっている子はたくさんいます。だから、1年ぐらいではそう簡単に変わりません。(最近は教壇に立っていて、帰国子女のいないことはないぐらいな確率で海外経験のある子供たちがいます。両親のどちらかが外国人だったり、外国人の子だっています。)

日本語訛り入っています。でもそれでいいと思うのですが。

実は発音よりも日本人の英語を聞きずらくしている原因があると思います。

それは、英語を話す時の「抑揚のなさ」です。

音が上下に動かない。いわゆる「平たい英語」というやつです。話すときに大げさに口を動かす意識をして、リズムをつけて強弱を意識するだけで、英語っぽくなります。私は日本語話すときも抑揚がある方なので、(教師になってからはもっと)あまり抵抗がなくできるようになりました。

発音の練習に多くの時間をかけるなら、その半分でもいいので、言うべき表現や語彙を手に入れたほうが英語が上達すると私は思います。

探したらありました。2年前にも同じようなこと書いてました。
http://blog.livedoor.jp/angel430/archives/3867656.html

ほんとにおんなじこと書いてますね(汗)まあいいか。この手のことは何度も書いたんですが、見当たりません(汗)

これを書いても巷の「発音信仰」を変えられるとは思っていません。発音を重視する人の気持ちは変えられません。そういう人ってオンライン英会話を利用してるのに、フィリピンの先生に対して差別的であったりするので、不快です。文句あるなら高いお金払って英語ネイティブの授業をとればいい。

それをわかってこれを書いています。ただただ、英語難民の方々の何人かの人に助けになればと願って。

読んでいただきありがとうございました。

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